愛、人間関係、そして徹底的な正直さ

ジェフ・フォスターの本、もっとも深いところで、すでに受け容れられているを読んでいます。

とても心に染みいることばばかりで、もったいなくて早く読み切りたくない。そんな本です。

今日は「愛、人間関係、そして徹底的な正直さ」という章を読んでいてうわーと思ったので少し抜粋して紹介しようと思います。

 

 


思考が「私はあなたを愛している」と言うときに、分離の幻想が始まる。これを言い換えると、私という分離した人物があなたというもう一人の分離した人物を愛している、ということだ。あなたが、私が求めていた愛を与えてくれる。あなたが、愛の探求を完結してくれる。あなたこそが、私の探求の終点である。

 

誰かが自分を完全にしてくれると信じた瞬間、人はそれにしがみつき、所有し、自分の元に保持したくなり始める。恋愛関係における対立の大半はおそらく、この所有という基本的な幻想に端を発しているだろう。

 

誰か他の人に自分を完全にするパワーを与えた途端、自分の持つパワーを放棄した途端、あなたは無意識のうちに、いつ何時でもその完全な状態を奪い去ることのできるパワーもその人に与えているのだ。

 

あなたが誰かに愛を与えたり取り上げたりするパワーを与えた瞬間、どこかでその人を恐れ始める。なぜなら、今やその人は、すぐにでもあなたをまた不完全に戻したり、拒絶したり、愛されていないとか受け入れられていないという気持ちにさせたり、自分は取るに足らない存在だと思わせたりする力を持っているからだ。だから、あなたはその人の近くでは用心深くしなければと思い始める。怒らせてはいけない、怒らせたら完成されたものをとりあげられてしまう、これについて話さないようにしよう、あれについて触れないようにしよう、自由に自分を表現しすぎないようにしよう、あの人が聞きたがっていることを話そう、などと思うようになる。自分を完全にさらけ出すことはせず、本心を隠す。

 

誰かに対して感情的に不正直になっているとき、その瞬間に本当に感じていることを隠しているとき、イメージを保つために自分の体験の一部を隠そうとするとき、今本当に起こっていることに正直にならずに誰かに対して役割を演じているとき――そのときあなたは相手からある特定の姿で見られることを望んでいる。

 

世界中のすべての誓いをもってしても、常に愛を失うリスクは付きまとう。唯一真の安心をもたらすものは、今ここでの徹底的な正直さだけだ。それは自分のイメージを失うリスクを冒すこと、弁護も防御もすることなく自分自身として恐れずに他人と向き合うリスクを冒すということだ。

 

探求の終点とは、現実的で、容赦ないほど正直な、本物の関係が結べる可能性のことを言う。

 

ジェフ・フォスター もっとも深いところで、すでに受け容れられているより引用


 

この素敵なことばに私が付け加えることは何ひとつありません。

この本、本当におすすめです。

 

自分がどんな風に人を操ろうとして自分自身を隠そうとしているのか、自分自身を否定しているのか、そしてそれをその人のせいにしているのか、知りたいと思った方は是非セッションにいらしてください。

吉田あき


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