人間関係の中の衝突は、チャンスではじまりだ

今日も大好きなジェフ・フォスターの詩を訳しました。

私なりの意訳ですのでもしかすると間違っているかもしれませんが、ジェフ・フォスターの詩を訳すのは、訳しながら自分がとても気づかされ、癒されるので私のための作業です。

そして、せっかくだから皆さんにもお役に立てたらと思い、シェアしています。

 

-shared-img-thumb-PAK150505550I9A5248_TP_Vこの詩の中で、ジェフは人間関係の中の衝突について書いています。
英語でrelationshipというときは、一般的な人間関係というよりは、男女間の関係のことをいうことが多いように思います。
おそらくジェフはその意味で書いたのではないかとも思いましたが、人間関係の、と訳してみました。

 

でも、もしかするとただの「関係」に置き換えてもいいかもしれません。

 

そんなことを踏まえても、踏まえなくても、どうぞ。

人間関係の中の衝突は、チャンスではじまりだ。

 

 

 

見るために、そして見てもらうために

人間関係の中の衝突は失敗の証ではない。
それは避けられないものなのだ。身体に痛みが避けられないものであるように。
痛みが問題なのではない。つながりの質を決める
自分の痛みとの関係が問題なのだ。

私たちはつながりたいだろうか、痛みはそこにあるけれど。
私たちは互いの胸が共に張り裂けることにオープンだろうか?

すべての衝突はチャンスだ。
誤解が明らかになるための。
どこで私たちが聞くことをやめたのかに気づくための。
自分自身のことを、そして互いのことを。
どこで空想の世界に入ったのか、どこで真実を生きることから分離したのか。
自分の不幸をどこで誰かのせいにしたのか。
どこで自分のせいにしたのか。
どこで自分の本当の性質を忘れたのか。

衝突の中で、私たちは近づくことも可能だし、遠ざけられることも可能だ。

傷はパックリと口を開け、愛情のある心遣いを求める。

衝突は私たちに成長を促す。何が自分の引き金になるのかをもっとはっきりと知ることを促す。
押し込めてきた自分の部分に触れることができるように。
気づかないようにしてきた思考に
否定してきた感情に
ずっと逃げてきた真実に。

私たちは「失敗」と「成功」という二元性のあることばの先を行き、
この瞬間にある生きている真実に還って来なければならない。

衝突のないように見える関係は
静かなる自暴自棄と
恐ろしい秘密を隠し持った2つのハートと
喜び、痛み、苦痛と恍惚のどれにも鈍感になった肉体との関係なのかもしれない。
2人の不幸な人間が、互いに依存しあい、
自分の真実を語ることを恐れ、互いを失うことを恐れ、
快適さと安全への古い夢に必死にしがみついている…。
すべてが「愛」という名前のもとに!
想像のイメージに縛られて、痛みに麻痺し、
存在の深さが見えなくなっている。

愛は危険を伴うものであり、試練で旅で、決してたどり着くべき場所ではない。
愛はあなたの持っている「愛」に関する思考をすべて打ち壊す。

ときに、癒しが不快な感情を湧き上がらせることがある。
ときに、解放がさらなる痛みを引き起こすことがある。
ときに、衝突を避けようとするとき、私たちが真実から目を背けるとき
衝突は私たちの体の中にただより深く埋まりこんでいく。
私たちは傷ついたけれど、自分が「幸せ」だと主張して、
私たちの関係は生きたものではなく、想像のものになる。

衝突は避けられない、でもそこに愛があるとき、
私たちは衝突を共に乗り越えることを望む。
正直な思いを共有し、私たちの存在のすべてを使い話を聞く。
自分の痛みを感じるために、相手の痛みを聞くために。
私たちの夢と妄想と将来を手放し、
今、ここに、まるで他人の様に、互いに出会うために。

だから衝突は肥料になる。信頼が根を張ることができるための。
だから衝突は「悪いもの」ではない、むしろチャンスではじまりだ。

再び始めるために。そう、始めるために。
出発点としての愛。好奇心としての愛。
暗闇の中で、安全さと存在することの偉大なしるしとして
互いをみつけることを助けてくれる偉大な神秘としての愛。
しがみつくための愛ではなく、手放すための愛でさえなく、
つながり、誠実であり、聞く、
自分には弱さがあることを受け入れる勇気としての愛。

聞くために、そして聞いてもらうために。
見るために、そして見てもらうために。

ジェフ・フォスター

翻訳: 吉田あき

 

 

TO SEE AND BE SEEN

Conflict in relationship is not a sign of failure.
It is inevitable, just as pain as inevitable in the body.
Pain is not the problem; it is our relationship with pain
that defines the quality of our connection.

Are we willing to connect, despite the pain?
Are we willing to let our hearts break together?

Each instance of conflict is an opportunity.
For misunderstandings to be brought into the light.
For recognising the places where we have stopped listening
to ourselves, and to each other.
Where we go into fantasy, where we dissociate from the living truth.
Where we blame each other for our own unhappiness.
Where we blame ourselves.
Where we forget our true nature.

In conflict, we can come together, or we can be driven apart.

A wound has cracked open, and wants some loving attention.

Conflict is inviting us to growth, to know our triggers more clearly.
To touch the parts of ourselves we have been pushing down,
the thoughts we have been suppressing,
the feelings we have been denying,
the truth we have been running from.

We must go beyond this dualistic language of ‘failure’ and ‘success’,
and return to the living truth of the moment.

A relationship that seems conflict-free
may simply be a relationship of quiet desperation,
two held-back hearts holding terrible secrets,
bodies numb to pleasure and pain, agony and ecstasy.
Two unhappy people, addicted to each other,
afraid to share their truth, afraid to lose each other,
clinging to comfort and an old dream of security…
And all in the name of ‘love’!
Bound by the image, numb to pain,
blind to the depths of presence.

Love is a risk, a challenge; a journey, never a destination.
And love will destroy every single concept you have about ‘love’.

Sometimes healing involves the upsurge of uncomfortable feelings.
Sometimes breaking free involves feeling more pain.
Sometimes when we avoid conflict, when we hold back from truth,
conflict only buries itself more deeply in our bodies.
We are traumatised, but we claim we are ‘happy’,
and relationship becomes an image instead of an aliveness.

Conflict is inevitable, but if there is love,
we are willing to work through the conflict together,
to share honestly, and to listen with the fullness of our being.
To feel our pain, and listen to the pain of the other.
To let go of our dreams, and fantasies, and futures,
and meet each other, almost as strangers, in the Here and Now.

So conflict becomes the fertiliser, and trust can take root.
So conflict is not ‘negative’, but opportunity and opening.

To begin again. Yes. To begin.
Love as a beginning. Love as a curiosity.
Love as a great mystery that helps us find each other
in the darkness, a great beacon of safety and presence.
Love not as clinging, love not even as letting go,
but love as connection, authenticity, listening,
the courage to be vulnerable.

To hear, and be heard.
To see, and be seen.

– Jeff Foster

 


自分の話を聞くために、そして相手の話を聞くために、バイロン・ケイティのワークは素晴らしいツールです。
私は、バイロン・ケイティのワークを通じてようやく自分の弱さを受け入れ、愛し、さらけ出せるようになりました。それを怖がる人ももちろんいます。でもだからといって自分の気持ちを押し込めて嘘をつき、相手とつながり続けてもきっとそれは長続きしないでしょう。

 

そして何より、自分の弱さを愛せるようになった時、人は初めて人にもやさしくなれるような気がしています。

吉田あき

 

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)