Open Your Mind, Open Your Heart

その根柢に浸りきる その2

さて、昨日の記事で「自分は犠牲者でかわいそうなんだ」という前提を持ったままワークしても本当のワークにはならないと書きましたが、今日はそれを修正したいと思います。

本当のワークが何だなんて私に言い切ることは出来ないなと思ったので。

 

rest今まで私が「自分はかわいそうで犠牲者だ」という前提を持たずにワークが出来なかったのは、準備が出来ていなかったから。

そこには、そう思っていないとバランスが取れない傷ついた子がいたから。そう誤解していたから。

 

 

ワークをするとき、「今のこの嫌な感じを消したいからやる。」という動機を持つことがあるのですが、実際にワークをしてみると、その嫌な感じとそのまま正面から向き合うことになってしまい、「うぇー!嫌だ~!」みたいに驚いてしまうことがあります。

 

消そうとしていた「とっても嫌な感情や感覚」と向き合わなきゃいけないと思うと、ワークは段々苦痛な作業になってきます。

 

でも、「良いんだよ、その感情や感覚があることを見せてほしいんだよ。大丈夫なんだよ。一緒に感じようよ。」そんな風にその子に寄り添いながらワークをし始めたとき、私の中でワークがもう一段階深まりました。

 

 

「ワークは瞑想だから。だからそんな感情が云々も幻想なのだから。ただシンプルに質問に答えて、その思考がなかったらを体験することが大切だ」ということも、もちろんです。

 

もうどんな感情や感覚も幻想だと腑に落ちていて、どんなに苦しみがそこにくっついているように見えようが、本当にその人は大丈夫なのだと分かっているファシリテーターがどっしりと、その幻想を覚ましてくれる存在であることの、ありがたみも知っています。

 

そして尚、それでもその人はまだその幻想を見破れずに、苦しくつらい感情や感覚に呑み込まれていて動けなくなっていることを尊重し、包んで、そしてその感情や感覚を一緒に感じても、それがあることを認めても大丈夫なことを一緒に体験してくれて、そしてまた再び問いかけに戻ってくれる、そんなファシリテーターで私はありたいのです。

 

私にとってはケイティがそんな存在です。

もちろん、全部が幻想であることをよく知っている。だけど、その最中にいるときのものすごい苦しみも分かっている。そこをないがしろにせず、寄り添いつつ、真実に戻してくれる。

 

 

そんなとき、私は受け入れられたと感じるし、感情や感覚を恐れていた私を許すこともでき、根柢に浸りきったので、自然とやさしくシフトが起こるのではないかと思うのです。

 

 

その感情や感覚を持っていることを否定しない、それが辛いことであることも受け入れる、そういう風に本当にその感情を持っている自分を自分が許せて受け入れられた時に、やっと私の中の子は私に心を許して問いかけを一緒にしようと思ってくれたんです。

 

 

その体験をしたのはほんの4か月前。今年の1月のことです。

みんな自分のペースで自分のタイミングで進めば良いのだと思います。それしか出来ないのですから。どんなにそうしたくても出来ないときは出来ないし、出来るときは出来るから。焦らないで。ゆっくりと、で良いんだなと思います。

 

私の痛みをたとえそれが幻想だとしても、私が尊重し受け止めて共にそれに本当の意味で寄り添ったとき、私の中の子は思う存分自分の思いを感じ、口にし、感じ切り、そして私を信頼し、一緒に問いかけをしようとしてくれました。

やっと私の中で私自身との融合が起きました。

「問題を抱えていて、ダメな私がいたって良いんだ!なんて可愛い子が私の中にいたんだろう!」その衝撃は大きなものでした。

 

 

自分のペースで良いんです。

正しいワークなんてありません。もちろん、コツはありますが。

でもやってみて苦しいのなら、何かずれているんだろうな、位の探究の気持ちでワークをしてみてください。

自分のペースでやってみて、どうしてもうまくいかない時、経験豊かなファシリテーターを頼ってください。

そこにいたことのある私たちは、きっとなんらかのお手伝いが出来ると思うからです。

 

 

 

吉田あきのセッションについてはこちらをお読みください。

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