過食嘔吐と「私はダメだ」その6

前回の続きです。

これまでの記事はこちらから。
過食嘔吐と「私はダメだ」その1
過食嘔吐と「私はダメだ」その2
過食嘔吐と「私はダメだ」その3
過食嘔吐と「私はダメだ」その4
過食嘔吐と「私はダメだ」その5

 

ステップ1は過食嘔吐をなんとかしようとするのを一旦お休みすることでした。

今日はステップ2をご紹介します。

ステップ2は、「自分はダメだ」という思いが真実ではないことへの探求を始めることです。

 

それで、ですね。
ここには実は色々な方法が用意されています。世の中には素晴らしいカウンセリング療法、手法、技術、精神統一の方法、ヒーリング、瞑想法、セラピーなどがあって、自分にピッタリくるな、と思えばどれをやってもいいと思います。

 

私も、たくさんのことに挑戦しました。そしてそのどれもが、今の私をつくってくれることに役に立ったと思っています。そしてそのどれもが素晴らしかったんです。

でもね、疲れちゃったんです。
その理由は、ステップ1が抜けてたからなんですよね~。

 

過食嘔吐をなんとかしようとか、「ダメな私」をなんとかしようというなんとかしなければ~、という思いを持ちながらそのどの手法とも向き合っていたので、解決しなければいけない問題と常に闘っているようなそんな感覚でした。

そして、その問題を持っているのは外でもない自分自身なので、問題を持っている自分VS問題を消したい自分の闘いでした。自分対自分の闘いって、どこまでいっても解決しないんですよね。よく言うアクセル踏みながらブレーキ踏んでいる状態。どちらも譲らず、闘えば闘うほど疲弊していく闘いでした。

 

 

そのように疲れ切ったときに、私はバイロン・ケイティのワークに出逢いました。

バイロン・ケイティのワークは、解決しなければいけない問題は何もない、というスタンスでいてくれることに安心を感じました。
起きている出来事は「私はダメだ」と信じている自分でさえ、全部そのままで良いことを許してくれました。全部、全部そのままでいい、何も解決しようとしなくていい、Loving What is, あるがままを愛す、という大きな愛に、ようやく安心感を得ることが出来たのです。

 

私はそもそも何も悪くない、すべてとてもinnocent, 純粋で無垢な思いから起きていること。
「私はダメだ」という思いを持つことに至ったのにも、そこに至る無数の無垢で純粋な思いが関わっていただけでした。

 

それを、一つ一つ、問いかけを通じて教えてくれたのが、バイロン・ケイティのワークでした。
ですので、ステップ2はたくさんの方法がありますが、私はステップ1とステップ2が融合しているバイロン・ケイティのワークを私の経験に基づいて、皆さんにお勧めします。

 

でもね、ここで言っているのは他のやり方がだめだということではないのです。
ステップ1(今の自分をダメだと否定しない、変えようとしない)が自分の中で腑に落ちていれば、そのことだけで大きな変化が起きて、あとはどのやり方をとっても大丈夫な気がします。(どのやり方といっても、全てを知っている訳ではないのでなんとも言えませんが。)
私のように、ステップ1が大切なことに気づくために長い旅をして色々試すことが必要なケースもあると思います。

 

バイロン・ケイティのワークでは、「私はダメだ」と信じるに至ったたくさんの出来事において、一つ一つ丁寧に本当に自分はダメなのかを探求することが出来ました。私は、本当に本当に絶対に自分はダメなのかどうかあらゆる角度から自分自身に問いかけ続けました。

具体的には、「私はダメだ」本当ですか?だけではなく、色々な人がきっと自分のことをこう思っているであろうと怖れていることに対して向き合い続けました。「この人はきっと私のことを好きじゃない。」とか「この人は怒っている」とか。

日々、誰かに対して怒ったり、不安に思ったり、悲しくなったり、イライラしたり、そんな時の思いを一つ一つ書きとめて、探求を続けました。

 

 

私の体験から言うと、数回の問いかけ(探求)で、長年信じ続けてきてガチガチに固まった思いが本当は真実ではなかったことに気づくことは、ありません。そのように出来てはいないのです。私の場合も何年もかかりました。それほど強く信じてきたものだから。けれど、少しずつ確実に、この思い「私はダメだ」が私に与える影響がワークの探求のおかげで少しずつ薄くなってきました。

 

そして実は、その思いは消えてなくなった訳ではありません。
でも、ワークを通じて、この思いは私が作りだしたり、消したりすることが出来るものではなく、そこにあるもの、だけれどもそこにあっても、私が前のようにそれに心を動かされなくても大丈夫なのだと分かるようになりました。

そこに思考はあるけれど、私がそれを自分のものだと認識することが薄くなった感じです。

 

つまり、長い期間をかけてステップ1への理解が共に育った感じです。思いはあっても良いんだよ。
「私はダメだ」という思いも、「過食嘔吐がダメだ」という思いも。皆あってもいいんだよ。
そんな風にやさしく思えるようにワークを通してなりました。

 

ステップ1、ステップ2と書きましたが、順番なんてないのですね。

ステップ2をしていたら、ステップ1が付いてくる。

そんな感じがバイロン・ケイティのワーク、探求です。

 

 

具体的な探求の仕方はここにすべて書いてあります。

ワークの問いかけ方

ですが、具体的にどこから始めたらいいのか分からない。自分がダメだという思考が真実ではないことを探求するってどういうこと?という質問があると思います。

 

次は、具体的な問いかけの例をご紹介しますね。

 

 

 

良い七夕をお過ごしください❤

吉田あき


Tagged on:

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)