正しさか、それとも自由か

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“Would you rather be right or free?”
– Byron Katie
「正しくあることと、自由であること、あなたはどちらを選びますか?」
バイロン・ケイティ

 

先日、あまりワークに詳しくない友人に色々なワークの注意点を紹介しないまま、彼女の問いかけをサポートし始めました。

 

すると、ワークの問いかけの途中に、彼女は何故自分がその思考を持っているのか、自分でもその思考が役に立たないことはいかに分かっているのか、頭で理解しているけれど腑に落ちていなくてだから困っている、だけどそれが嘘だとは思えないといったことを私に説明し始め、結果、彼女は自分が今何をしているのかよく分からなくなってしまいました。

 

 

あなたもこんな体験したことありませんか?

最初は本当の自由を探求しようと思って問いかけを始めたはずなのに、いつの間にか自分の正当性をファシリテーターに向かって説明することに夢中になってしまい、とても置き換えの例なんてみつける気になれなくなる。
ファシリテーターに置き換えの例を提案されても、抵抗しか出てこない。ファシリテーターに自分の考えを手放せと言われているように感じてもうワークなんてしたくなくなる。

これはとてもよくあることです。

 

こんなとき、どうしたらいいのでしょう?
今日はそんな質問に答えたいと思います。

 

 

ワークが機能しなくなるのは自分を正当化するとき

ケイティは「ワークは自分を正当化し始めると機能しなくなる」(”The Work stops working when you start justifying yourself.”)と言います。

自由。そこには私もいない。

 

ワークをして私たちが自由を得るのは、全ての思考が分け隔てなく全て本当ではないことを本当に分かる時です。「この思考は持ったまま、こっちの不都合な思考だけ手放す為にワークしよう」というのは、本当の自由ではありません。

 

「自分を正当化する」ということは、つまり「私は正しい」という思考を持ち続けたままでいるということです。

 

“When you argue with reality, you lose – but only 100 percent of the time.”
Byron Katie
「現実と闘うと負けます。それはたった100%の確率だけど。」
バイロン・ケイティ

 

 

このことを説明しないままワークを始めたからか、彼女は「自分の正しさを正当化する」ことと「自由を探求する」ことの両方を同時に追い求めようとして、訳が分からなくなってしまったのです。

 

 

 

そんな時、ケイティはやさしく問いかけます。
「あなたは正しいままでいたいの?それとも自由になりたいの?」と。

 

また、ケイティはこうも言います。”Follow the simple direction.”「指示にただ従いなさい。」と。

 

ワークには、一見自分を縛るように聞こえるいくつかの「ルール」が存在します。
それは後には、もしかすると必要のなくなるものかもしれませんが、少なくとも最初はそれらがあることで、「自分の正しさを正当化し続けようとする」エゴに巻き込まれずに、問いかけの世界を探求することができます。

 

その中にあるのが、「ワークの途中でおしゃべりをしない、ただ質問に答える」、「ワークは、自分を正当化し始めると機能しなくなる」というものです。
また、「自分に対する批判のワークシートは書かない」というのもあります。

 

もちろん、これらはやらないと怒られるからやらないようにする「ルール」ではありません。
こうすると、あなたのワークが深まりますよという、少し我々より経験の多いケイティからの愛のこもった提案です。

 

 

ただ、シンプルに指示に従ってみてください。

正当化し始めている自分に気づいたら、ケイティのことばを思い出して、正当化するのをやめてシンプルに今聞かれている質問に答えてみてください。

きっと、いつかその意味が分かる日が来ます。

 

 

 

 

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