男と女の違い

先日奥田民生さんの歌う「ラーメンたべたい」という曲を初めて聴きました。

サビの「女もつらいけど、男もつらいのよ。ともだちになれたらいいのにね。」のところが心に響いて、この曲が好きになり何度も聴いていました。

 

まずは皆さんももしよかったらお聴きください。
(何故野球場で歌っているのか、何故木村カエラさんが出ているかの説明は論点がブレるので、ここでは割愛します。後で検索してみてください。笑)

この奥田さんの歌い方、すごく好きで何度も何度も繰り返し聴きたくなるのですが、実は、歌詞は正直意味がよく分かりませんでした。皆さんは分かりましたか?

 

そもそも男の心情を歌っているのに女ことばだし、「くたびれる毎日話がしたいから思い切り大きな字の手紙読んでね。」って誰に向けて言っているのかもよく分からないし。恋愛がテーマなのか、普段の生活で誰か伝えたい人がいるのか、あまり状況が飲み込めなくて、よい曲だけど、あまり共感出来ないでいました。

 

 

大好きな曲なのに共感できないのが嫌で、一体どういう意味を込めてこの曲を作ったのだろうと検索してみることにしました。
すると、この曲は元々矢野顕子さんの曲で、奥田民生さんは、元々の歌詞の「男もつらいけど、女もつらいのよ。」の部分だけ、男女逆にして歌っていたことが分かりました。

 

これが、矢野顕子さんバージョンの「ラーメンたべたい」です。

(ライブバージョンで最初のイントロが長いので曲だけ聴きたい方は2:20辺りから見てください。でも最初から観るとカッコいいです。)

 

不思議なもので、女性の立場からこの曲を聴くと、歌詞の意味がズシンとストレートに伝わってきました。

 

「男もつらいけど、女もつらいのよ。ともだちになれたらいいのにね。」

「くたびれる毎日話がしたいから思い切り大きな字の手紙読んでね。」

「諦めたくないの。泣きたくなるけれど。私のことどうぞ思い出してね。」

 

おそらく人によって受け取り方は異なるのだろうとは思いますが私には、大切な男性のパートナーの心が離れていく感じがつらくて、つながりを保ちたくて話がしたくて、諦めたくなくて頑張って会話を持とうとするのだけれど、彼は話したがらない、そんな時の女性の心情を歌っている気がしました。どうにかしなくてはと焦るのに、なにも出来ない時のあの、幸せが目の前で崩れていくのをただただ何も出来ずに見ているしかない哀しくて切ない感じをラーメン食べることでなんとか乗り切ろうとしている、そんな曲に聴こえました。

 

不思議です。

奥田さんの時は、歌詞の意味がちっともさっぱり伝わってこなかったのに、です。

 

男女間で心がすれ違った時、女性はなんとか話すことで解決しようとするけれど、男性は話したがらない、あの感じが私自身の体験の中にあったからなのでしょうね。

 

 

けれども、ある男性が奥田さんバージョンの方に「原曲もいいけど、男としてはやっぱこっちだなぁ」とコメントしているのを見ると、男性には男性なりの解釈があるのではないかと思えます。

 

「女もつらいけど、男もつらいのよ。ともだちになれたらいいのにね。」

「くたびれる毎日話がしたいから思い切り大きな字の手紙読んでね。」

「諦めたくないの。泣きたくなるけれど。私のことどうぞ思い出してね。」

 

 

分かり合えたらいいのにね。僕たち違いがあるけど、それでもともだちになれたらいいのにね。

君と話がしたいけど、うまく話せないから、手紙読んでね。

こんな風にうまくいかないと泣きたくなるけど、諦めたくないんだ、諦めたくないんだよ。

 

 

もしかすると男性側のメッセージはこんな風にも解釈出来るのかもしれません。

(男性側の解釈聞いてみたいです。)

 

 

同じことばを使っているのに、私たちが分かり合えないのは、お互いにことばに違う意味を乗せているからなのかもしれませんね。

 

女性側の立場からこの曲を男性が歌うのを聴いても、男性の気持ちはさっぱり伝わってこないけれど、

男性側の立場から男性がこの曲を歌うのを聴いたら、ばっちり分かり合えるのかもしれないです。

 

 

どちらも、同じことばをつかっているのに。

 

 

 

では、男女はそれぞれ同じことばに違う意味を乗せているけれど、本当に求めているものも違うのでしょうか?

 

女性は、話がしたい。だって理解することで相手とつながれる気がするから。

男性は、話がしたくない。だって話せば話すほど自分の気持ちをうまく伝えられずに、相手の気持ちが離れていくから。つながっていたいから、話したくない。話したところで理解してもらえるとはとても信じられないから。

 

女性は、諦めたくない。だから話したい。もしも話さないことがつながり続けられる唯一の選択肢ならば、それは受け入れられない。だからどうしても相手に話をしてほしい。

男性は、諦めたくない。だから話したくない。でも、話すことがつながり続けられる唯一の選択肢ならば、ならばいっそこの関係を諦めるしかない。だから話さないままでいる自分を受け入れてほしい。

 

 

 

どちらも、つながっていたい。

諦めたくないし、忘れられたくない。

 

 

男と女、私たちは全く異なるのでしょうか?それとも求めていることは同じなのでしょうか?

 

「あなたは私とつながっていたくないの?私と話をしたくないなんて!」

「つながっていたいよ。だけど話は出来ないんだ。」

 

 

 

男もつらいけど、女もつらいのよ。ともだちになれたらいいのにね。

女もつらいけど、男もつらいのよ。ともだちになれたらいいのにね。

 

 

ともだちになれたらいいのにね。

 


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)