自分の中の次元格差

次元格差ということばが適切なのかどうかは分かりませんが、最近感じていたことをことばにしてみようと思います。

 

私は小さい頃から傷つきやすく、すぐに母親のやさしさやなぐさめがほしい子供でした。

(でも、そうじゃない子供っているのかな?)

そうやって泣いて母のところに行くと、3人も子供がいて時間に追われている母にはゆっくり私の気持ちを受け止めてくれる余裕はなく、最初は慰めてくれてもしばらく経つと「しつこい。早く泣きやみなさい。」とむしろ怒った口調で言われました。

姉たちにも、「なにかあるとすぐ泣くんだから。泣けば良いと思ってるんだよね~。」なんて言われて、私は愛を求めて泣くことは自分の弱さでいけないことなんだと信じるようになったようです。

 

そういう過去の信じ込みがあったからか、私はずっと、弱い自分を恥ずかしいと思っていました。

私が心理学を勉強し、カウンセリングやセラピーを学び自分に活用してきたのは、いつかそんな傷つきやすい自分が消えていなくなることを目指していたからです。

 

「苦しむ私が消えること」が私の目指すところでした。

 

その為には、苦しみの原因となっている自分の思考を片っ端から消していかなければいけないと思っていました。

 

 

そして今は

ワークを続けてきた今は、「苦しむ私がいたっていいじゃないか。」と思うようになりました。
だから、苦しみの原因となる思考も別に消そうとしなくても良いと思うようになりました。
自分の思考をものすごく優しく迎え入れることが出来るようになりました。

 

ちょっと脇道にそれますが、思考はそもそも勝手にやってきます。

カフェでふと流れてきた音楽を聴いて悲しくなる。

とか、

結婚式の二次会でビンゴゲームでどんどん人が賞品をもらっているけど自分のビンゴ表がちっとも穴が開いていかないのを見て、なぜだかとても悲しく惨めになる。

とか、

理由は分からないけれど悲しい感情を感じるとき、その悲しみの原因となっている思考を私たちは知りもしないことがあります。

ということは、思考を私たちが選んでわざわざ持ってきている訳ではないのです。

だからそれを信じて苦しむ私がいても、苦しむ私を責める必要もないし、思考を持っていることで私を責める必要もない。

 

 

思考は問いかける。でもそれは苦しみを消すためじゃない。

理解するため。話を聴くため。誤解を解くため。

そうすると、思考は勝手に解けていく。だってもう存在する必要がなくなったから。

 

これが、分かってとても楽になりました。

 

 

安心感

今はその「分かった」感は常に私の中にあり、私の苦しみや思考が起きても大丈夫な感じが強くなっています。
かつては、「苦しんでいる私」の意識の方が強かったのが、「分かった私」の意識の方が強くなってきているのを感じています。

 

しかし、だからといって現れてくる思考を信じ、反応し、苦しむ私がいなくなった訳ではありません。それは日々現れて、私に「あなたはこんなことを信じていますよー。」と教えてくれます。

 

でも、これは現れると「大丈夫~。」という感覚とあまりに違う強い刺激なので、結構驚きます。
大地震が起きたかのように感情的に持っていかれて、急に「大丈夫感」は全部なくなってしまったかのような感覚に襲われます。

 

すると、とっても怖いんですよね。やっぱり自分は「苦しむ方」だったのではないか?「大丈夫な方」はまやかしだったのではないか?と思うようになります。

 

そして、一生懸命あの「大丈夫な感じ」を取り戻そうとしてもがきます。
でもね、やっぱりあの「大丈夫な感じ」はその下にいつもずっとあるんです。たまに見えなくなるだけで。
どちらか一方のみが私ではなくて、どちらも私なんです。両方いて良いんです。

 

この自分の中にある次元の格差をどうことばで表したらいいのかなと思っていたら、ジェフ・フォスターがこんな記事をアップしていました。

 


マインドという鳥たち

思考は真実ではない。そして究極的なことを言えば思考はあなたのものでさえない。思考は声、音、提案、マインドの意見に過ぎず、常に出たり入ったりしているもの、まるで鳴いている鳥の群れの様、すべての鳥が異なる旋律、異なる意見、異なる提案、異なる見方で歌っているようなもの。君はその鳥たちじゃない。君はその鳥たちが歌うことが出来る広い開かれた空間、鳥たちを支える意識、そして鳥たちの下と間にある静けさだ。

鳥たちを黙らせようとしてはいけない(それは鳥たちをより騒がしくするだけ)、壊そうとしてはいけない(だって彼らは愛されたいと願っているあなたの一部にすぎないから)、でも歌うことを、飛ぶことを許そう、だってそれこそがあなたの力で自由だから。「私は落伍者だ」鳥は歌っていいし、「私は空間の邪魔者だ」鳥も歌っていい。「私は最も美しい鳥だ」鳥も歌っていいし、その間にいる友たちも歌っていい。意識という大きな巣であるあなたは鳥たちの楽園で、意見たちのコーラスによって決して定義されたりしないし、それと闘うこともない。それは偉大なもので、「私」で、定義されることのできないものだ。

~ジェフ・フォスター
訳 吉田あき

BIRDS OF THE MIND

Thoughts are not the truth, and ultimately they are not even yours. They are only voices, sounds, suggestions, opinions of the mind, coming and going all the time, like a flock of birds singing, every bird singing a different tune; a different opinion, suggestion, perspective. You are not the birds; you are the wide open space in which the birds can sing, the awareness that holds the birds, the silence underneath and inbetween.

Do not try to silence the birds (for that makes them sing even louder) or destroy them (for they are only parts of yourself longing for love) but allow them to sing, and fly, for that is your power, and your freedom. The “I am a failure” bird can sing, and the “I am a waste of space” bird can sing, and the “I am the most wonderful bird” bird can sing, and all their inbetween friends can sing, and you are a giant nest of awareness, a bird sanctuary, never defined by the chorus of opinions, nor at war with it, the great I AM, undefinable.

– Jeff Foster


 

必要なことは、自然と与えられるものですね。
これを読んでとてもクリアに自分で感じていたことが分かりました。

今日はそれをシェアしたいな~と思ったのでブログに書きました。

 

それでは寒ーいですが、みなさまよい週末を♪

 

吉田あき

 


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