Open Your Mind, Open Your Heart

公認ファシリテーターがシェアするワークのこと諸々

東京ワークショップのお知らせ

先日新しくなった東京ワークショップの2回目を行いました。

workshop3何が新しくなったかというと、今までよりぐっと人数を少なく最大4名限定にしたという点、そのことで私がみなさんのペアワーク中に結構な時間滞在することが出来て、なんとなーくこんな感じかなぁと流してしまいそうなワークの探求をぐっとサポートする事が出来るようになった点です。

4名になったことで、アットホームな雰囲気で、質問があるときはどんどんしてもらえるし、シェアもたっぷり、ペアワークもゆったりと出来るようになりました。

 

4名という少人数なのでワークショップの回数自体を、もっと頻繁に行う方向に変えました♪
また、参加したい方の希望に合わせて日程も相談して決められるようにしました。

ということで、とっても自由なかたちのワークショップに変わっています。

この形式になってから、今回は2回目だったのですが、なんだかとっても良い感じ❤でした。

 

みなさんからのお言葉をいただいた時、この少人数ということを楽しんでいただけたみたいで本当に嬉しかったです!

T さん
「先生」と「生徒」というような上下がなく、「一緒にワークをしている」感じがしました。

M さん
吉田さんはワークに命をかけていることが伝わってきました。

のりこさん
アットホームな感じで安心してワークをすることが出来ました。

S さん
詰まったときにすぐに聞けたのでとても良かったです❤

 

わーん。ありがとうございます。
私の方こそ、ワークに興味を持ってくださり、参加してくださったこと、勇気を持って自分の思考に問いかけてくださったことに感謝しています。オープンマインドな素晴らしいメンバーでした❤

 

今回思ったのは、皆さん一人一人ここに至るまでの背景や学んできたことなどが異なるのですが、そんなこと全く関係ないのだということです。

非二元ということばが今回出てきて、ご存知の方やそうでない方がいらっしゃいましたが、そんなこと全く知っている必要もないし、知っていればそれがすごく役にも立つしたまに邪魔にもなるし、どちらも全部OKでした。

 

参加者の方が、私がワークに命を懸けているのが伝わってきたとおっしゃってくださいました。

そんな風に捉えていなかったので、驚いたのですが、なるほどそうだなとそう聞いてからどんどんじわじわスルメのようにそのことばが私の中に沁みてきています。

 

一流の漫画家の方々の作業風景を定点カメラで撮影し、その様子を見させてもらう浦沢直樹さんの漫勉という番組があります。その番組でもう何度も見たのが、漫画家の方が1枚のページを描きあげるのにアングル、デッサン、線の太さ、顔の表情様々な細部にこだわり何度も何度も描き直し、何時間もそのシーンと向き合っている姿でした。

もうそれは、大変な集中力を必要とする作業で、読者がもしかすると飛ばし読みするかもするような漫画の1コマ1コマにそんなにそれこそ命を懸けて描いているとはと驚かされるばかりのものです。

それをでも彼らはにこやかに言うんです。「楽しいんですよね。」「絵が上手くなりたい。ただそれだけなんです。」と。
もうめちゃくちゃ楽しんでるんです。

 

私のワークもそんなところが彼らと共通するなと思いました。
楽しいのです。もうそれはもう。
自分のワークをするのも、誰かのワークを一緒に見守るのも。

毎度毎度そんな美しいものが私たちの中に隠れていたのかとその美しさに驚かされ、感銘を受けます。

どうやったら私がその人の一番奥の「直すべき」場所をみつけてそれを直せるかというテクニックに走ったことがかつて私にもありました。しかし、今はいかにワークのプロセスを信じて、どんなことがそこから出てくるのかただその流れに任せるようになりました。

「私の」行うことではなく、大げさな言い方をすると、神(宇宙?自然?大きなもの)との共同作業的な感じがします。

そうなるようになる流れに抵抗せずに私も一緒に乗ったとき、すごく芸術的なものが生まれる、ような感じです。

 

そんな風にワークを探求を日々私自身に行い続けています。
どうしてか?どうしてなのでしょうね?

ただ好きだから。そうすることがとても自然だから。
そしてこれが、これからワークを探求していく方のお手伝いをするのに役に立つことが出来るのならそんな幸いなことはないなと思います。

 

さて、もう来週末になりますが、4月1日2日にもワークショップを行います。
実はまだ空席あるのです。もしも行ってみようかなと思われていらっしゃいましたら、是非いらしてください。またゴールデンウィークの初日4月29日30日にもワークショップを企画しています。

また、これ以外にもご都合に合わせてワークショップの日程を組みますので、ご相談ください。

 

✿ 詳しくはこちら ✿


ワークは人生を変える?

「ものごとはあなた起きているのではなくて、あなたのために起きている。」とケイティは言います。

 

whoami人生の中で何か心がざわつくような出来事が起きた時、まず私の場合は一番に気がつくのは体感覚です。よく分からないけれど、ざわざわする、居心地が悪い、呼吸がしにくい、緊張しているということに一番に気がつきます。

 

次に気づくのは、怒りです。何故だかイライラ、怒りの気持ちがあふれてきます。だから自分はその人に対して怒っているのだと思い込みます。

 

過去の私だと、ここでおしまいです。

今自分が持っている情報を結びつけ、「私が居心地が悪いのは○○のせいだ!」という結論を出し、その人を頭で批判し、攻撃しながらも、その人に直談判をする訳でもなく、結局諦めて仕方ないよねと終わる。なんだか何もすっきりしない感じで終了です。

 

今は、ワークがあるので、更に一歩踏み出します。

その居心地の悪さの本当の原因、自分の考え、理解、解釈が何なのかをはっきりとさせます。その出来事が起きたところに戻り、その人に対して怒っているのは何故なのか、自分に問いかけることでそれは可能です。

「私は○○に怒っている。何故なら○○は~~をしたから。」というように自分がその感情を感じているのは、相手がどんなことをしたせいだと思っているのかをはっきりさせます。

人生において案外と、私たちはここの部分をはっきりさせていないものです。なんとなーく、誰かに対してムカついて、怒っています。

 

はっきりしていない理由に対して、相手にどうしてほしいのかもはっきりしていないのに、感情的に「理解すべきでしょう?」と押し付けたりして、自分にも相手にもあやふやな感情を押し付けるだけ。これって結構なストレスです。

 

ジャッジメント・ワークシートを書くと、自分の感情が実は怒りではないことに気づいたり、その感情の本当の理由がはっきりします。

 

さて、私は○○に対して怒っている。何故なら○○は~~をしたから。

という文章をみつけたら、4つの質問を問いかけてみます。

「○○は~~をした。」1.それは本当でしょうか?2.その考えが絶対に本当だと言い切れますか?3.その考えを信じているとどう反応しますか?何が起きますか?4.その考えがなければあなたはどうなりますか?

 

すると、そのざわっとした一瞬の出来事の中にたくさんの思考があり、感情があり、たくさんの過去を見ていて、たくさんの未来を見ていることが分かり、驚きます。

 

stillnessそしてもしもそれらが全部本当ではなかったら?

 

ワークは一瞬の中に、私たちがたくさんの過去と未来を見ていることに気づかせてくれ、そして今に戻ってくることを助けてくれます。

 

そうすると、次の時に、ちょっと意識が変わります。
次に同じようなことが起きた時、ざわざわ=怒り、そしてそれはこの人のせい!という自動変換が少しゆっくりとなり、もしかするとそうではないかもしれないことに気づいたり、意識が変わります。

 

これは人生をとても楽にします。これは私の経験です。

ワークは人生を変える?

ええ。もちろん。

 


目黒駅にニトリがやってくる!

今日新宿に行く予定があり、行った帰りに新宿高島屋にニトリがあるのを発見。

今度のワークショップに向けて、みなさまのためのクッションや、前から欲しかったもちもち枕を買ってきました~♪

楽しかった~!

 

私の実家の近くにもあるのですが、東京新宿にあるとニトリもなんだかかっこよく感じられますね。

そして衝撃だったのが、私がアメリカからえっちらおっちら持って帰ってきたスレートディッシュが1000円以下で売っていたこと!

スレートディッシュとは黒い石の平らな板をお皿として活用するものです。

黒にあざやかな赤や緑のサラダやパンを乗せてワンプレートディッシュをおしゃれに演出できます。

センスが必要ですが!(私は使いこなせてません~!)

 

流石です。

ニトリはアメリカではAKI HOMEとして店舗を出しているので、日本のものをアメリカに持っていくだけでなく、アメリカのおしゃれなものを日本に持ってくる流れが出来ているのですね。

AKI HOMEなのでアメリカに行く度に、不思議な親近感を感じます。ふふ。

 

 

何故こんなにニトリを推しているのか分かりませんが、笑、今日はニトリのお買い物が思った以上に楽しかったので、興奮冷めやらずネットでニトリを検索してしまいました。

 

すると、セッションルームのある武蔵小山駅から電車で2駅の目黒駅にこの3/15にニトリがオープンするとの情報が飛び込んできました。

数年前にクローズしてしまったアトレ1のB館がニトリになるそうです。ほぉぉ。

 

ということで、セッション帰りやワークショップ帰りにみなさんがお立ち寄りいただける楽しみが一つ増えました!

あはは。ニトリなんてどこにでもあるよ、という方は是非スルーしてください。

 

今日はほんと、どうでもいい情報。そしてとっても良い情報♪

 


置き換えが難しい?

先日ワークショップを受けてくださった方から置き換えでつまづいたとご連絡がありました。

questions多くの方から置き換えについては難しいと聞くので、例をシェアさせていただくご承諾をいただいたので、こちらでこの文章をどう置き換えたらいいのか一緒に見ていきたいと思います♪

 

お問い合わせのあった文章は 「彼女は、空気を読まずに騒がしくする」 でした。

 

自分に置き換えるのと反対の意味に置き換えるのは出来たそうなのですが、相手に対して置き換える置き換えができなかったそうです。

 

 

実際にやってみよう!

 

さぁ、ここで皆さんも一緒に考えてみてください。

みなさんでしたらこの文章をどう相手に対して置き換えますか?

ここで一旦書き出してみてください。

「彼女は、空気を読まずに騒がしくする」

→                          

 

でもいきなり相手に対して置き換えだけするのも難しいですよね。

まずは全パターン書いてみてください。

 

「彼女は、空気を読まずに騒がしくする」

自分に置き換える →                          

相手に対して置き換える →                          

反対の意味に置き換える →                          

 

※ 置き換えは1つとは限りません。色々書き出してみてください。

 

 

さあどうでしたか?皆さんは簡単に置き換えられましたか?

置き換えがスムーズにみつけられた方は、ワークをたくさんやりこなしていらっしゃる方ですね。

本当、最初は慣れが必要ですよね。

では、ちょっとてこづってますというような方に

 

 

ヒントです。

 

お問い合わせいただいた方からは、「最初の文章に、『~に』とか『~を』という部分がないからですよね。。。 やってみてわかること多かったです(^^;」というおことばをいただきましたが、

 

そうなんです。まさにその通り!元々の文章の対象が曖昧なんです。

日本語って主語や対象物を省いて書けてしまうので、そうなりがちなのです。

 

 

「どうやったら元々の文章の対象が曖昧ではなくなると思いますか?」がヒントです。

少し考えてみてください。

 

 

 

 

え?もっとヒントがほしいですか?

それでは、これはどうでしょう?

一体、あなたは「彼女が誰の空気を読まなかったこと」に怒っているのでしょうか?

周りの人の空気ですか?それともあなたの空気ですか?

 

さて、お答えはご本人にしかないので聞いてみたところ、ご本人からは「むしろ私の空気を読まなかったことが嫌だった」とご返答がありました。

 

 

それであれば、元々の文章にこのように書き加えることができますね。

「彼女は、私の空気を読まずに騒がしくする」

 

さぁ、この文章を置き換えたら、どうなりますか?

「彼女は、私の空気を読まずに騒がしくする」

自分に置き換える →                          

相手に対して置き換える →                          

反対の意味に置き換える →                          

 

 

私のみつけた置き換えはこうなりました。

 

自分への置き換え: 私は、私の空気を読まずに騒がしくする。

相手に対する置き換え: 私は、彼女の空気を読まずに騒がしくする。

反対の置き換え:

彼女は、私の空気を読まずに騒がしくしない。

彼女は、私の空気を読んで騒がしくする。

彼女は、私の空気を読まずに静かにする。

 

 

 

もしも、ご本人の元々の文章の意味が「彼女は、周りの人の空気を読まずに騒がしくする。」であった場合は、どうなると思いますか?

 

「彼女は、周りの人の空気を読まずに騒がしくする」

自分に置き換える →                          

相手に対して置き換える →                          

反対の意味に置き換える →                          

 

 

書いてみてください。

色々なパターンがあると思います。

 

 

私の場合は、こんな感じの置き換えが出てきました。

皆さんもご自分の置き換えをみつけてみてくださいね。

 

自分への置き換え: 私は、私の空気を読まずに騒がしくする。

相手に対する置き換え: 私は、周りの人の空気を読まずに騒がしくする。

私は、彼女の空気を読まずに騒がしくする。

反対の置き換え: 彼女は、周りの人の空気を読まずに騒がしくしない。

彼女は、周りの人の空気を読んで騒がしくする。

彼女は、周りの人の空気を読まずに静かにする。

 

 

と、ここまでこの文章を置き換えてみてきて気づいたたのですが、なんだかちょっと、この文章回りくどい感じがしますね。

意味がカチッと固定していないというか。

置き換えの例をみつけようとする時、元々の文章の意味が自分の中でカチッとはっきりしていないと例をみつけにくくなります。

 

 

置き換えて例がみつけにくいな~、と感じる時は、元々の文章の意味をはっきりさせてみてください。

そのみつけ方は「つまりどういう意味?」と自分に問いかけてみることです。

 

 

「彼女は空気を読まずに騒がしくする。」

つまりどういう意味?

 

 

その答えは、ご本人から後で追加でいただいたメッセージに書いてありました。

 

「このワークをし終わった後に、同じシチュエーションで、よりイライラする部分を見つけました。

『私は、彼女にイライラしている。なぜなら、彼女は、みんなにいい顔をし過ぎだから。』

『なぜなら、彼女は、その場その場で言うことがコロコロ変わるから』。」

 

つまり、この方にとって「彼女の空気を読まずに騒がしくすること」の文章の下には、

・ 彼女はみんなにいい顔し過ぎだ。

・ 彼女はその場その場で言うことがコロコロ変わる。

という意味が隠れていたのですね。

 

 

そして置き換えの例をみつける時は、元々の文章を置き換えるというより、その文章の意味を置き換えてその例をみつけていってみてください。

 

(自分への置き換え)「私はその場でみんなにいい顔し過ぎていなかったか?」

(相手に対しての置き換え)「私はその場で彼女に対していい顔し過ぎていなかったか?」

(反対の置き換え)「彼女がその場でみんなにいい顔し過ぎていなかった例をみつけられるか?」

というように。

 

 

また、自分にとって「空気を読まない」というのはどういう意味なのか?はっきりさせてみるのも役に立ちますね。

自分でも意味が曖昧な「空気を読まない」ということばがイライラの原因だとすると、なんだかもや~と良く分からない感じですよね。

「空気を読まない」ということはつまり?

・                           

・                           

・                           

なんてリストアップしてみてもいいですよね。

 

 

これを見ると、私たちの思考ってなんとな~くしか分かっていない意味なのにストレスを感じられるんだからすごいですよね。

でもね、本当は、どこかでしっかり意味を把握していてそれに対して反応しているので、なんとなく曖昧な文章はまやかしなんです。

本当は何に一番イライラしているかが現れてくるのをじっくりと時間を取って待ってあげると出てきます。

正解は自分にしか分かりません。でも現れた時、「ああこれだ!」と分かると思います。

 

 

「あ!これだ!」というのをみつけるには慣れが必要ですが、色々と試してみてください。

意味が曖昧なもや~としたものは置き換えもしにくいし、例もみつけにくいです。

 

意味がはっきりしているものは置き換えがしやすく、例もみつけやすいです。

 

 

けれども、その起きた出来事が幼少期でことばやことばの意味がまだよく確立していない場合、もや~っとした表現になるのも仕方ありません。

そのような時は、大人のあなたが「それはどういう意味なのか」よくその小さい子の意図を読み取ってあげてください。

 

 

いかがでしたか?文章で書くとなんだか難しそうですね。

ですが、頑張ってみました!

 

「正しい」答えは本当はありません。

あなたにとってその文章がどういう意味なのか?

それを自分自身にしていないか?相手にしていないか?

相手は本当はそれをしていなかったのではないか?

それをみつけることができればあなたにとっての正解です。

色々と試してみてくださいね。

 

 

お問い合わせいただくと自分でも色々勉強になって良いですね!

お問い合わせいただいて感謝です❤ありがとうございます。

 

 

それではまた~♪

Happy The Work Life!

吉田あき

 


あるがままの現実こそが望むもの

lock私たちが苦しむのは、あるがままの現実に異議を唱える考えを信じる時のみです。

頭の中が完璧に澄んだ状態であれば、あるがままの現実こそが私たちの望むものです。

起きている現実に変わってほしいと思うことは、猫にワンと吠えるように教えるようなものです。

どんなに試したところで、猫はやはりニャーと鳴くでしょう。

今起きている現実に変わってほしいと望むことには、成功の可能性がありません。

 

私は起きている現実を愛しています。

それは私がスピリチュアルな人間だからではありません。

現実と闘うと痛みを感じるからです。

現実がそのままの形で良いのだということは、

それと闘うと緊張やフラストレーションを感じることから知ることができます。

自然でバランスがとれているようには感じません。

現実と闘うのをやめた時、私たちの行動はシンプルで流れるように起こり、思いやりに満ち、恐れをもたないものになります。

 

~バイロン・ケイティ

「ザ・ワーク」より抜粋+吉田あき翻訳

 

The only time we suffer is when we believe a thought that argues with what is.

When the mind is perfectly clear, what is is what we want.

If you want reality to be different than it is, you might as well try to teach a cat to bark.

You can try and try, and in the end the cat will look up at you and say, “Meow”.  Wanting reality to be different than it is is hopeless.

You can spend the rest of your life trying to teach a cat to bark.

 

 

I am a lover of what is, not because I’m a spiritual person, but because it hurts when I argue with reality.

We can know that reality is good just as it is, because when we argue with it, we experience tension and frustration.

We don’t feel natural or balanced.

When we stop opposing reality, action becomes simple, fluid, kind, and fearless.

 

Byron Katie from Loving What Is

 

 


バイロン・ケイティのワークとは何か?

magicバイロン・ケイティのワークとは何か?を簡単に分かりやすくみなさんにお伝えしたくてここ数年ずっと考えています。

けれども「分かった!」と思った瞬間に、そのことばは私の手の中をすり抜けて消えていくような体験を何度もしています。

 

その時は、良いと思うのですが、やはりことばはことばに過ぎず、ことばで何かを定義することは出来なくて。

 

 

単純に言うと、前回の記事で紹介したケイティのことばのように、

ワークはただの4つの質問(+置き換え)です。

それ以上でもそれ以下でもありません。

 

 

本当にそれだけのことなんです。

 

 

でも、それでは多くの人がワークの魅力を知らずに終わるのではないかと思い、私のワークの問いかけの体験などをご紹介してきました。

 

 

でもね、ケイティもどこかで言っていました。

「私がワークをあなたにシェアするのは、あなたが『それが必要だ』と思うから。」だと。

ケイティは「あるがまま」がすべてOKだと分かっているので、本当はワークを皆がする必要があるなんて思っていないのでしょうね。

 

それでも多くの人がワークからたくさんの愛と解放と安らぎを受けたから、多くの人がケイティに言います。

ワークをもっと教えてくださいと。

 

 

あなたを説得するためではなくて、もしもあなたがワークを必要としていて、そのために私に出来ることがあるのなら、

私もワークとは何かを私なりに伝え続けていきたいと思っています。

 

 

 

伝えた瞬間に、ワークってそれだけではなかったかも、もっともっと大きなものなのかも、とすり抜けていくことが多いですが。

 

 

さて、今日TEDでケリー・マクゴニガルさんの「ストレスと友達になる方法」というプレゼンを見ました。

これを見て、ワークってこれだなぁ、と思いました。

ストレスは悪いもの。それは本当でしょうか?

 

 

こういうやり方でワークを紹介することも出来るかな。

もしよかったらご覧ください。

 

 

ワークはあなたに必ずしも必要なものではありません。

でも、とてもやさしい友達です。

吉田あき

 

 

 


あなたの答えがなければワークはなにものでもない

sunワークは単に4つの質問です。

ワークはものでさえありません。

ワークは動機を持たず、隠れた意味合いも持ちません。

あなたの答えがなければワークはなにものでもありません。

 

この4つの質問は他のどんなプログラムに入れても効果を高めることができます。

あなたの持つどんな宗教に取り入れても、その効果を高めます。

もしもあなたが特定の宗教をもたないなら、ワークはあなたに喜びをもたらします。

そしてワークは、あなたにとって真実ではないものをすべて焼き払います。

ずっと発見されるのを待っていた現実がそれにより姿を現します。

 

~バイロン・ケイティ

「ザ・ワーク」より抜粋+吉田あき翻訳

 

 

The Work is merely four questions; it’s not even a thing.  It has no motive, no strings.

It’s nothing without your answers.

These four questions will join any program you’ve got and enhance it.

Any religion you have – they’ll enhance it.

If you have no religion, they will bring you joy.

And they’ll burn up anything that isn’t true for you.

They’ll burn through to the reality that has always been waiting.

Byron Katie / Loving What Is

 

 


探求の途中で議論したくなったら?

2月の頭に行われたバイロン・ケイティのサイレントリトリートにオンラインで参加しました。実際のサイレントリトリートは4日間でしたが、私のサイレントリトリートはまだ続いています。

 

ある参加者の方とのケイティの会話がとても良かったので、今日はそれをシェアしたいと思います。

 

その参加者の方が認めるのに抵抗がいったであろうことをはっきりと認めた時に、ケイティは手を高く挙げて彼を祝福するようにハイファイブしようとしました。その時、彼はケイティの手を握って、そして立ち上がろうとしました。会話はそこからです。

 


 

discussion参加者(以降参):「ああ、なんだ。あなたに追い出されたのかと思った。」

ケイティ(以降ケ):「あなたは私が手を差し出したのと、あなたが見た私の足があなたを蹴り出す(頭の中の)イメージとの違いに気づかないのね。」

(実際には手が伸びてきているのに、彼の頭の中で見たのはケイティの足。現実を見るより、思考を見るのに忙しい。)

 

参:「もう癖になってるんだ。すごく癖になっている。」

ケ:「あなたが自分の思考が本当なのか問いかけられるオープンなマインドを持っていて良かったわ。」

 

参:「僕はもう妹が僕のHIVを批判するのを見たくない。」

ケ:「見てもいい」(ジャッジメント・ワークシート6番の文章の置き換えです。)

参:「僕は妹が僕のHIVを批判するのを見ても良い。」

ケ:「頭の中で、深夜2時、3時、それを見ても良い。それは新たなジャッジメント・ワークシートのチャンスです。シンプルなことです。あなたはそのイメージを信じるか、問いかけるか、その他に選択肢がないんです。」

ケ:「もしかすると問いかけてもまだその思考を信じているかもしれません。でも少なくとも今までかけられてきた呪いを解くチャンスです。催眠は本当にそのことに対して心静かに向き合わない限り解けません。静けさが必要なのです。」

 

ケ:「あなたは問いかけの途中で議論を始める癖があるわ。それはあなたを探求から引き離してしまうの。これはマインドの機能です。探求の途中でとても理にかなったことにぶつかると、あなたのマインドはそれと議論しようとします。他のことばでいうと、『そのことについて考えよう』とするのです。でも、私は私のマインドに『考えようと』してほしくありません。マインドを信じていないからです。マインドが考え始めるのは悪い知らせだわ。」

 

ケ:「だから探求をして、そして静けさの中に留まり、探求が見せてくれるものを見てください。そしてあなたのマインドがそれと議論して闘おうとしたらそのことに気づいて感謝して、また静けさに戻ります。」

 

ケ:「『彼女は冷たい、それは本当?』と問いかけた時に、あなたのマインドが『そう!そう!そう!』と叫びだすのに気づいて、そしてまた問いかけるんです。『彼女は冷たい、それは本当?』と。」

ケ:「私が思考を紙に書き出すように提案しているのはこれが理由なのです。私たちはすぐに探求からパッと飛びだしてしまうからです。紙に書いたら、思考は私たちを待っていてくれます。だから私たちはいつでもそこに帰ってくることが出来て、静かに瞑想することが出来ます。答えが出てくるのを許してあげるのです。」

(答えを考えて出すのではなく、答えが現れるのを待つ)

 

ケ:「あなたが静けさに留まったことで、認めたくなかったことばを口にすることが出来たのは、とても大きなことだわ。ありがとう。」

参:「ありがとう、ケイティ。」

 


 

この会話には、問いかけの時に、特に始めたばかりの時に陥りがちな

「でも私悪くないし!」「悪いのは向こうだし!」「じゃ、こう思うのは私が悪いってことなの?」「問いかけをしたら私が悪いことになるわけ?」「私、絶対に向こうが悪意を持ってそう言ったの知ってるし!」「私絶対に正しいし!」

といった自分の正当性を主張したくなる壁にぶつかることに対するヒントが含まれているような気がします。

 

自分の正しさを主張したくなるのは、私たちの自然な流れです。私たちはそうやってずっと生きてきましたから。だから、問いかけをしていてもその癖は自然と出てきて、議論を始めたがります。

でも、質問は何も言っていないのです。

 

質問は「それは本当でしょうか?」「その考えが絶対に本当だと言い切ることは出来ますか?」「その考えを信じているとどう反応しますか?何が起きますか?」「その考えを信じていなければあなたはどうなりますか?」としか言っていません。

 

しかし私たちは、「本当はあなた間違ってたのではないのですか?本当は向こうの方が正しかったのに、そんなことを主張してあなたはバカね。」そのような意味が頭の中に浮かんできて、4つの質問が、もしくはファシリテーターがそれを言っているように信じて、議論を始めたくなるのです。

 

先ほどこの参加者が、ケイティの差し伸べた手を、彼をステージから追い出そうとした足のように頭の中で無意識のうちに変換したように。

 

 

ただ、それに気づいて問いかけに戻ってきましょう。

議論したがるのは当然のこと。

そして、探求に戻りましょう。

 

吉田あき

 


 

「私は私のマインドに考えてほしくないの。マインドを信じていないから。マインドが考え始めることは悪い知らせだわ。」

-バイロン・ケイティ

 

 

 


思考は戻ってくる 呼吸のように

何度問いかけても同じ思考が戻ってくる、それが嫌だ、一度で全部消すことは出来ないのかと訴えた参加者に対してのケイティのコメントです。

 

beliefs「私の経験では、静かなマインドというのは存在しません。

あなたは自分の友達や子供たちを消し去りたいですか?

あなたのストーリー(思考)は彼ら(友達や子供たち)と同じです。それはあなたから生まれ、そしてあなたの中に戻っていきます。呼吸のように出たり入ったり。

 

もしもあなたが理解と共感をもってあなたのストーリー(思考)と向かい合ったならば、この探求(ザ・ワーク)はあなたに寄り添ってくれる友人のようにやさしいものとなるでしょう。

そうすれば、この(思考の)循環を呼吸のように感じるでしょう。川の水が流れてまた戻ってくるようなものとして。

 

探求をしない時、あなたのストーリー(思考)は現れてきて、そしてそのままそこに残ります。

それは、時間のように、空間のように、場所のように見えるでしょう。

あなたが唯一休息できるのは、夜意識を失っているときか、恋人と一緒にいてこの瞬間が求めていた時だと思う時です。

 

しかし、ストーリー(思考)こそが刺激的な恋人なのです。あなたのストーリー(思考)以上にあなたをワクワクさせるものはありません。

一度あなたが探求とその先にある内なる世界をみつけたら、それこそがロマンスです!

 

ストーリー(思考)以上に素晴らしい探求者はいませんし、探求する事が楽しいこれ以上のものも存在しません。

だから思考がまた戻ってきて私たちがそれにまだ固執していることを示したとしても良いではありませんか。

 

どのストーリー(思考)にあなたはまだ固執していますか?

どのストーリー(思考)にあなたはまだ友人として出会えないでいますか?」

 

バイロン・ケイティ

 


何度問いかけても、その思考から楽になれない、そんな思考、私にもあります。

以前はそれを「がんばれば」消すことが出来ると信じていました。

思考を「私のもの」だと考え、「私が」なんとかすることは可能だと信じていたからです。

 

バイロン・ケイティのワークを続けていくと、その思いを信じることも自分にストレスを与えていたことに気づきくかもしれません。

思考は現れては消えていく、自分が考えようと思って呼び起こしているものではないことに気づくと、思考にもそして自分自身にもやさしくなれます。

 

吉田あき

 


 

“My experience is that there is no such thing as a quiet mind.

Do you want to get rid of your friendship or children?

Your stories are the same thing.  They just come out from you, and back, like a breath, in and out.

 

If you meet your stories with understanding and compassion, and this investigation is as friendly as the most compassionate friend.

Then it will make this circle just like a breath.

Just like the river flowing back to itself.

 

Without investigation, it goes out and it stays out.

It looks like time, space, and place.

And only your rest is to pass out at night or to experience a lover in a moment and think that’s it.

 

But the story is the enthusing lover.

There is nothing more exciting than that.

Once a person discovers investigation and internal world, ah that’s the romance!

There is no greater pursuer, and nothing is more fun to pursue.

 

So, good if it comes back to show us we’ are still attached to it.

What story are you still attached to?

What story is it that you don’t meet as a friend?”

 

Byron Katie


「常識でしょう?」と思う思考の問いかけ方

最近、トランプ大統領が元カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツネッガー氏に関してスピーチでコメントをしました。

comic-characters-2026313_640トランプ氏が大統領就任前にやっていたテレビの司会の仕事をシュワルツネッガー氏が引き継いだのですが、それに対してトランプ氏は「彼らは超大物の映画スターを雇用したのですが、その結果はみんな知っていますよね。ひどい低視聴率ぶりです。彼の今後の視聴率がうまくいくように祈りますよ。」と言いました。(あれ?ことばだけ読むとそんなに批判に聞こえませんね。)

 

また、アメリカへの入国禁止の大統領令に対して民主党上院トップのシューマー院内総務が「寛大さを欠き、アメリカらしくない」と泣きながらコメントしたことに対して、「彼のは嘘泣きだ。誰が演技指導したのか後で聞いておくよ。」とコメントしたこともニュースで報道されています。

 

これらのトランプ大統領の公の場での個人を名指しで批判的なコメントする行動を見て、ざわざわする人多いのではないかなと思います。

 

私もその一人です。

 

 

ざわざわする背景にある、私の彼に対する批判を書いてみます。

「大統領のような大きな権力をもつ良い大人が個人攻撃をするのは良くない。」

 

とっても常識的で良い批判のように見えますね。

でも、これを持っているとやはり苦しいのは私なのですよね。

だってトランプ氏は現実に変わらないのに、私はこの常識を彼に押し付けようとしているのですから。

だからといって彼が正しいと言っているのではなく、現実の彼がそうであるのに、違う理想を持ち続け比較し続けるのは苦しいものだということです。

 

ですので、この考えを問いかけようと思います。

が、ちょっとこの批判、色々な思考が混合されているので問いかけにくいのでもう少し細かくしていこうと思います。

 

 

この批判をもう少し噛み砕いてみると、いくつかの思考に分けることが出来ます。

  • トランプ氏はシュワルツネッガー氏(もしくはシューマー氏)を個人攻撃している。(誰かを個人攻撃するのはよくない。)
  • トランプ氏は大人げない。(良い大人はそういうことをすべきではない。)
  • 自分の権力を悪用している。(絶大な権力を持つものはその力を悪用すべきではない。)

 

ワークをする時は、たくさんの思考が組み合わさった考えのまま問いかけると、中々難しいので、こうやって小さな塊に分けて一つ一つ問いかける方が自分にやさしいです。

また、( )に書いたのは水面下のビリーフですが、これは自分の中の「常識でしょう?」と思っている考えです。

 

問いかける時は、「トランプ氏はシュワルツネッガー氏を個人攻撃している。」それは本当でしょうか?

もしくは、「誰かを個人攻撃するのは良くない」それは本当でしょうか?

とのように、具体的にトランプ氏に対しての批判を問いかけても、自分の中にある「常識」を問いかけてもどちらでもよいです。どちらを問いかけた方がいいかは、ご自分の判断に従ってください。

 

 

ただ水面下のビリーフは、いわゆる「常識」として自分の中にかなり深く根付いている考えなので、問いかけるとかなり抵抗が生まれると思うので、状況を限定した方が問いかけやすいです。

今までの人生でそう感じたある一つの状況をみつけるか、もしくは今回のトランプ氏の状況において、それが本当なのか聞いてみる方がより具体的に答えやすいです。

 

 

そして、自分の中の「常識」を本当?と問いかける時は、とてもこわいものです。

無理をせず、ゆっくりと問いかけてみてくださいね。