Open Your Mind, Open Your Heart

公認ファシリテーターがシェアするワークのこと諸々

探求の途中で議論したくなったら?

2月の頭に行われたバイロン・ケイティのサイレントリトリートにオンラインで参加しました。実際のサイレントリトリートは4日間でしたが、私のサイレントリトリートはまだ続いています。

 

ある参加者の方とのケイティの会話がとても良かったので、今日はそれをシェアしたいと思います。

 

その参加者の方が認めるのに抵抗がいったであろうことをはっきりと認めた時に、ケイティは手を高く挙げて彼を祝福するようにハイファイブしようとしました。その時、彼はケイティの手を握って、そして立ち上がろうとしました。会話はそこからです。

 


 

discussion参加者(以降参):「ああ、なんだ。あなたに追い出されたのかと思った。」

ケイティ(以降ケ):「あなたは私が手を差し出したのと、あなたが見た私の足があなたを蹴り出す(頭の中の)イメージとの違いに気づかないのね。」

(実際には手が伸びてきているのに、彼の頭の中で見たのはケイティの足。現実を見るより、思考を見るのに忙しい。)

 

参:「もう癖になってるんだ。すごく癖になっている。」

ケ:「あなたが自分の思考が本当なのか問いかけられるオープンなマインドを持っていて良かったわ。」

 

参:「僕はもう妹が僕のHIVを批判するのを見たくない。」

ケ:「見てもいい」(ジャッジメント・ワークシート6番の文章の置き換えです。)

参:「僕は妹が僕のHIVを批判するのを見ても良い。」

ケ:「頭の中で、深夜2時、3時、それを見ても良い。それは新たなジャッジメント・ワークシートのチャンスです。シンプルなことです。あなたはそのイメージを信じるか、問いかけるか、その他に選択肢がないんです。」

ケ:「もしかすると問いかけてもまだその思考を信じているかもしれません。でも少なくとも今までかけられてきた呪いを解くチャンスです。催眠は本当にそのことに対して心静かに向き合わない限り解けません。静けさが必要なのです。」

 

ケ:「あなたは問いかけの途中で議論を始める癖があるわ。それはあなたを探求から引き離してしまうの。これはマインドの機能です。探求の途中でとても理にかなったことにぶつかると、あなたのマインドはそれと議論しようとします。他のことばでいうと、『そのことについて考えよう』とするのです。でも、私は私のマインドに『考えようと』してほしくありません。マインドを信じていないからです。マインドが考え始めるのは悪い知らせだわ。」

 

ケ:「だから探求をして、そして静けさの中に留まり、探求が見せてくれるものを見てください。そしてあなたのマインドがそれと議論して闘おうとしたらそのことに気づいて感謝して、また静けさに戻ります。」

 

ケ:「『彼女は冷たい、それは本当?』と問いかけた時に、あなたのマインドが『そう!そう!そう!』と叫びだすのに気づいて、そしてまた問いかけるんです。『彼女は冷たい、それは本当?』と。」

ケ:「私が思考を紙に書き出すように提案しているのはこれが理由なのです。私たちはすぐに探求からパッと飛びだしてしまうからです。紙に書いたら、思考は私たちを待っていてくれます。だから私たちはいつでもそこに帰ってくることが出来て、静かに瞑想することが出来ます。答えが出てくるのを許してあげるのです。」

(答えを考えて出すのではなく、答えが現れるのを待つ)

 

ケ:「あなたが静けさに留まったことで、認めたくなかったことばを口にすることが出来たのは、とても大きなことだわ。ありがとう。」

参:「ありがとう、ケイティ。」

 


 

この会話には、問いかけの時に、特に始めたばかりの時に陥りがちな

「でも私悪くないし!」「悪いのは向こうだし!」「じゃ、こう思うのは私が悪いってことなの?」「問いかけをしたら私が悪いことになるわけ?」「私、絶対に向こうが悪意を持ってそう言ったの知ってるし!」「私絶対に正しいし!」

といった自分の正当性を主張したくなる壁にぶつかることに対するヒントが含まれているような気がします。

 

自分の正しさを主張したくなるのは、私たちの自然な流れです。私たちはそうやってずっと生きてきましたから。だから、問いかけをしていてもその癖は自然と出てきて、議論を始めたがります。

でも、質問は何も言っていないのです。

 

質問は「それは本当でしょうか?」「その考えが絶対に本当だと言い切ることは出来ますか?」「その考えを信じているとどう反応しますか?何が起きますか?」「その考えを信じていなければあなたはどうなりますか?」としか言っていません。

 

しかし私たちは、「本当はあなた間違ってたのではないのですか?本当は向こうの方が正しかったのに、そんなことを主張してあなたはバカね。」そのような意味が頭の中に浮かんできて、4つの質問が、もしくはファシリテーターがそれを言っているように信じて、議論を始めたくなるのです。

 

先ほどこの参加者が、ケイティの差し伸べた手を、彼をステージから追い出そうとした足のように頭の中で無意識のうちに変換したように。

 

 

ただ、それに気づいて問いかけに戻ってきましょう。

議論したがるのは当然のこと。

そして、探求に戻りましょう。

 

吉田あき

 


 

「私は私のマインドに考えてほしくないの。マインドを信じていないから。マインドが考え始めることは悪い知らせだわ。」

-バイロン・ケイティ

 

 

 


思考は戻ってくる 呼吸のように

何度問いかけても同じ思考が戻ってくる、それが嫌だ、一度で全部消すことは出来ないのかと訴えた参加者に対してのケイティのコメントです。

 

beliefs「私の経験では、静かなマインドというのは存在しません。

あなたは自分の友達や子供たちを消し去りたいですか?

あなたのストーリー(思考)は彼ら(友達や子供たち)と同じです。それはあなたから生まれ、そしてあなたの中に戻っていきます。呼吸のように出たり入ったり。

 

もしもあなたが理解と共感をもってあなたのストーリー(思考)と向かい合ったならば、この探求(ザ・ワーク)はあなたに寄り添ってくれる友人のようにやさしいものとなるでしょう。

そうすれば、この(思考の)循環を呼吸のように感じるでしょう。川の水が流れてまた戻ってくるようなものとして。

 

探求をしない時、あなたのストーリー(思考)は現れてきて、そしてそのままそこに残ります。

それは、時間のように、空間のように、場所のように見えるでしょう。

あなたが唯一休息できるのは、夜意識を失っているときか、恋人と一緒にいてこの瞬間が求めていた時だと思う時です。

 

しかし、ストーリー(思考)こそが刺激的な恋人なのです。あなたのストーリー(思考)以上にあなたをワクワクさせるものはありません。

一度あなたが探求とその先にある内なる世界をみつけたら、それこそがロマンスです!

 

ストーリー(思考)以上に素晴らしい探求者はいませんし、探求する事が楽しいこれ以上のものも存在しません。

だから思考がまた戻ってきて私たちがそれにまだ固執していることを示したとしても良いではありませんか。

 

どのストーリー(思考)にあなたはまだ固執していますか?

どのストーリー(思考)にあなたはまだ友人として出会えないでいますか?」

 

バイロン・ケイティ

 


何度問いかけても、その思考から楽になれない、そんな思考、私にもあります。

以前はそれを「がんばれば」消すことが出来ると信じていました。

思考を「私のもの」だと考え、「私が」なんとかすることは可能だと信じていたからです。

 

バイロン・ケイティのワークを続けていくと、その思いを信じることも自分にストレスを与えていたことに気づきくかもしれません。

思考は現れては消えていく、自分が考えようと思って呼び起こしているものではないことに気づくと、思考にもそして自分自身にもやさしくなれます。

 

吉田あき

 


 

“My experience is that there is no such thing as a quiet mind.

Do you want to get rid of your friendship or children?

Your stories are the same thing.  They just come out from you, and back, like a breath, in and out.

 

If you meet your stories with understanding and compassion, and this investigation is as friendly as the most compassionate friend.

Then it will make this circle just like a breath.

Just like the river flowing back to itself.

 

Without investigation, it goes out and it stays out.

It looks like time, space, and place.

And only your rest is to pass out at night or to experience a lover in a moment and think that’s it.

 

But the story is the enthusing lover.

There is nothing more exciting than that.

Once a person discovers investigation and internal world, ah that’s the romance!

There is no greater pursuer, and nothing is more fun to pursue.

 

So, good if it comes back to show us we’ are still attached to it.

What story are you still attached to?

What story is it that you don’t meet as a friend?”

 

Byron Katie


「常識でしょう?」と思う思考の問いかけ方

最近、トランプ大統領が元カリフォルニア州知事のアーノルド・シュワルツネッガー氏に関してスピーチでコメントをしました。

comic-characters-2026313_640トランプ氏が大統領就任前にやっていたテレビの司会の仕事をシュワルツネッガー氏が引き継いだのですが、それに対してトランプ氏は「彼らは超大物の映画スターを雇用したのですが、その結果はみんな知っていますよね。ひどい低視聴率ぶりです。彼の今後の視聴率がうまくいくように祈りますよ。」と言いました。(あれ?ことばだけ読むとそんなに批判に聞こえませんね。)

 

また、アメリカへの入国禁止の大統領令に対して民主党上院トップのシューマー院内総務が「寛大さを欠き、アメリカらしくない」と泣きながらコメントしたことに対して、「彼のは嘘泣きだ。誰が演技指導したのか後で聞いておくよ。」とコメントしたこともニュースで報道されています。

 

これらのトランプ大統領の公の場での個人を名指しで批判的なコメントする行動を見て、ざわざわする人多いのではないかなと思います。

 

私もその一人です。

 

 

ざわざわする背景にある、私の彼に対する批判を書いてみます。

「大統領のような大きな権力をもつ良い大人が個人攻撃をするのは良くない。」

 

とっても常識的で良い批判のように見えますね。

でも、これを持っているとやはり苦しいのは私なのですよね。

だってトランプ氏は現実に変わらないのに、私はこの常識を彼に押し付けようとしているのですから。

だからといって彼が正しいと言っているのではなく、現実の彼がそうであるのに、違う理想を持ち続け比較し続けるのは苦しいものだということです。

 

ですので、この考えを問いかけようと思います。

が、ちょっとこの批判、色々な思考が混合されているので問いかけにくいのでもう少し細かくしていこうと思います。

 

 

この批判をもう少し噛み砕いてみると、いくつかの思考に分けることが出来ます。

  • トランプ氏はシュワルツネッガー氏(もしくはシューマー氏)を個人攻撃している。(誰かを個人攻撃するのはよくない。)
  • トランプ氏は大人げない。(良い大人はそういうことをすべきではない。)
  • 自分の権力を悪用している。(絶大な権力を持つものはその力を悪用すべきではない。)

 

ワークをする時は、たくさんの思考が組み合わさった考えのまま問いかけると、中々難しいので、こうやって小さな塊に分けて一つ一つ問いかける方が自分にやさしいです。

また、( )に書いたのは水面下のビリーフですが、これは自分の中の「常識でしょう?」と思っている考えです。

 

問いかける時は、「トランプ氏はシュワルツネッガー氏を個人攻撃している。」それは本当でしょうか?

もしくは、「誰かを個人攻撃するのは良くない」それは本当でしょうか?

とのように、具体的にトランプ氏に対しての批判を問いかけても、自分の中にある「常識」を問いかけてもどちらでもよいです。どちらを問いかけた方がいいかは、ご自分の判断に従ってください。

 

 

ただ水面下のビリーフは、いわゆる「常識」として自分の中にかなり深く根付いている考えなので、問いかけるとかなり抵抗が生まれると思うので、状況を限定した方が問いかけやすいです。

今までの人生でそう感じたある一つの状況をみつけるか、もしくは今回のトランプ氏の状況において、それが本当なのか聞いてみる方がより具体的に答えやすいです。

 

 

そして、自分の中の「常識」を本当?と問いかける時は、とてもこわいものです。

無理をせず、ゆっくりと問いかけてみてくださいね。

 

 

 


文句が言いたい!!!文句依存症について

年末から色々なことがあって、とても大切な友人と会えなくなってしまいました。

会おうとすると、身体全体が拒否反応を示し、気持ち悪くなってとても会えないような状況になってしまったのです。

 

もう全くこちらの都合で、彼女の問題では全くなく、そんなことが起きてしまって申し訳なさと疑問とを毎日思っている私もいるのですが、いかんせんこのことは今はどうしようもありません。

もしかすると、彼女にもこれが必要だから起きているのかもしれませんが、それは私の知る由ではありません。

 

下は見えない。でも飛ぶ。

下は見えない。でも飛ぶ。だってその先は安全だから。

このことが起きて、何が一番辛いかというと、辛いことが起きたときに「聞いて~。」と言って話を聞いてもらえる人を失ったことです。

 

実は、しかしこれこそがこの変化が起きた一番の原因ではないかと思っています。

 

 

 

 

 

私は、嫌なことが起きたらすぐにそのことを誰かに伝えることで気持ちを落ち着かせるという方法をずっと小さい頃からとってきました。それは、私の両親がずっと行ってきた方法でした。

 

嫌な出来事が起きたら、その人には直接言えないので、家族内で聞いてもらうことでバランスを取る。建前を重んじる日本ではよくあるストレスマネージメント方法ですよね。

 

そうやって育った私は、嫌なことが起きたらすぐに誰かに吐きだす。そして自分の正しさを主張し、それをだれかに認めてもらうことが私の気分を良くしてくれる唯一の方法だと信じて疑わずに来ました。

だから、苦しいことがあると、心を許せる、誰かに嫌な思いを持つことを批判なく聞いてくれる友人に話を聞いてもらってバランスを取ってきました。

 

しかし、皆さんも経験済みだと思うのですが、人のことを批判したり文句を言っても、その瞬間はスッキリするのですが、どんより嫌な感じはまた帰ってくるのです。(直接言っても、間接的でも)

根本的な解決にはなりません。

さらに散々だれかの愚痴を言った後は、自己嫌悪にも陥ります。

自分は人のことを批判できるような人間なのかな、と思うと先ほどまで楽しかった愚痴大会も、どんより嫌なものになってしまいます。

 

 

怒りや、悲しみ、さびしさといったネガティブに感じられる感情をもウェルカムしましょう。抵抗せずに受け入れましょう。というジェフ・フォスターのメッセージをこのサイトでもちょくちょく紹介しています。

昨年からこのメッセージが段々と自分にとって大きく意味をなすようになってきました。そうしてこの方法を生きるとき、大文句大会がつらくなり始めてきたのです。

 

 

人に話を聞いてもらうという行為は、一見、自分がこういう感情を持っていることを自分に許した、ウェルカムした行為の様に感じられるかもしれません。

しかし、

何かが起こった → 悪いことだと解釈した → 悲しくなった → それがあってもよいと受け入れる。その悲しみの不快な感覚を消そうとしたり、嫌ったりしない。

ということと、

何かが起こった → 悪いことだと解釈した → 悲しくなった → 人に話してスッキリしたい。だってやっぱりこの感情から早く楽になりたいんだもん。

 

ということには、大きな差があると思います。

前者は悲しくなったことを受け入れている。

後者は、悲しくなったことを誰かに癒してもらおうとしている。

 

 

受け入れるってそういうこと?「私怒ってるんだからね!だから文句言うもんね!」と我慢せずに相手に直接言ったり、誰かに愚痴として言うことが本当に私を楽にしてくれるの?

 

そんな疑問が去年の中ごろ私の中に生まれたのです。

 

 

そうして、ようやく今年にきて、「ああ。もう自分で自分の気持ちを受け止めてあげることが出来るようになった。まだ怖いけど、もう人に愚痴を言って自分を癒す行為はしたくない。」という思いがふと私に現れてきました。

これは、私のタイミングなだけで、皆さんのタイミングは異なるでしょうし、これが唯一正しい方法だと言っているわけではないのです。聞いてもらうことが必要なそんな時がもちろんあります。私はずっと何十年もこれでした。

そして、なぜだか急にこのタイミングで私に変化がやってきました。

 

そうして、いつでも悲しい気持ちや落ち込んだ気持ちを隠さず話が出来る大切な友人との交流が突然切れてしまいました。

(何度も言いますがこれは私のタイミングで、皆さんに愚痴を言い合える心許せる友人との関係を切りましょうと言っている訳ではないので誤解のないようお願いします。)

 

 

たまに実家に帰ってきて数日両親と過ごすと、いろいろと気になるところがたくさん出てきます。

今までは、ぐっとそれを我慢して平気な振りをして後で友達に聞いてもらうことが多かったのですが、今は、もうその逃げ口はなくなりました。

もう、とっても甘美でおいしいとろけるような「文句を言う」という依存症に私は戻ることが出来なくなりました。

ザ・ワークで問いかけるしか私には道が残されていないのです。

 

 

本当は取り上げられたくなかったけれど、

片やワークですべては平穏であることがわかるようになっているのに、もう片方で文句を言い続ける、そのアンバランスな状況にようやく終止符が打たれたように思います。

 

 

でも、文句言いたいんですよね。もうこれは禁断症状のような感じ。

それを眺めながら、ワークを少しずつ行っています。ワークでは思い切り批判の気持ちを自分自身に出しますので、ようやく自分で自分の気持ちを受け止めてあげています。

(もちろん、これは、ここ数年ワークを続けてきたから出てきたことであって、突然しなければいけないことではないので、本当に注意してくださいね。プロにはもちろん、話を聞いてもらいます。愚痴ではなく、前向きな受け入れって感じです。友達に吐きだすより、きちんとお金をお支払いして聞いてもらう方が健全です。)

 

 

いよいよ本当に、絶対に相手が悪いと思っている状況でもそうではないことを探求するときがやってきたようです。ワクワクします。

とても苦しいけど、この先に何があるのだろう?と健全な好奇心もここに存在します。

 

そして、いつか友人に許してもらえるかどうかは分かりませんが、また会えるようになったら嬉しいと思っています。

 

 

❤–  ワークショップのお知らせ–❤

1/28,29体験型のワークのワークショップをやります。

そして4/15,16の日程も決まりました。

ワークのやり方はもちろん押さえますが、どちらかというと個人のワークのプロセスを大切にします。

ペアでワークをし合うよりも、他人のワークからなにかを得るような体験型のものになります。

出来れば全員のワークをしたいので、4名様という少ない人数で行います。

どうぞいらしてください。

この日程が合わない方は、ご希望の日程があればご相談くださいね。

ワークショップの詳細

 

日程: 2017年1月28日(土)29日(日) 10時~17時(予定)

場所:品川区会場(詳細はお申し込み後にご連絡します。)

料金:\35,000

 

日程: 2017年4月15日(土)16日(日) 10時~17時(予定)

場所:品川区会場(詳細はお申し込み後にご連絡します。)

料金:\35,000

 

お申し込み後、開催1週間前までのキャンセルは手数料3,000円をいただき、残高をご返金します。

開催1週間以内でのキャンセルの場合は、特別な理由がない場合は全額返金いたしません。

ただ4名限定なので、来れない方は早めにご連絡ください。

↓お申込みはこちらから❤

東京ワークショップお申し込みページ

 

 

❤-  バイロン・ケイティのビデオを見る会 -❤

1月27日(金)20:00~21:30

2月1日(水)20:00~21:30

「トランプが大統領になるなんて恐ろしい!」

その思考を持って、現実はトランプ氏が大統領になるという状況を生きているのはとても辛いことですよね。

それに勇気を持って向き合った女性のビデオを鑑賞します。

吉田あきが英語を通訳しながら鑑賞します。

詳細はこちらからご覧ください。

バイロン・ケイティのビデオを見る会


過去にも未来にも行かない

aki先日本能寺ホテルという映画を観てきました。

これは綾瀬はるかさん演じるヒロインが本能寺ホテルというホテルから織田信長が殺される前日の本能寺にタイムスリップするというお話です。

 

私はこの映画を観ることになっていたようで、ちょいちょい映画の中のセリフが私に「ああ、そういうことか。」と思わせてくれるものがありました。

中でもあるシーンがとても印象深かったので今日はそのことを書こうと思います。

映画のストーリー自体はあまり触れない予定ですが、もしもこれから映画を観たいな~と思われている方でほんのちょっとでも映画のお話を知りたくない方はこの先はご注意くださいね。

 

 

そのシーンとは、信長が商人?から非常に貴重な茶壷を脅し取った時に、綾瀬はるかが飛び込んでその茶壷を信長から奪い取り、それを持ち主に「はい。大切なものを脅されたからって渡しちゃだめですよ。」と言って渡すシーンです。

 

何故、これが私の印象に残ったのかというと、

このヒロインには過去や未来のイメージがないのだな、と観察したからです。

 

 

もしも、私がこのヒロインだとしたら、

まず大勢の人がひれ伏して「親方様」と呼ばれている人が、恐ろしい言葉で商人を脅しているのを聞いたら、私の中の過去のデータがどんどん出てくるはずなのです。

 

大勢の人がひれ伏している そして親方様と呼ばれている → この人は権力者だ。→ そして権力者は何でも出来る。

脅しの言葉を聞く → このような言葉遣いをする人は怖い。

 

この時、あまり意識していませんが、私の中の「権力者だ」と思った人に関する過去のデータが一瞬で現れています。

(小学校の時の先生、母親の表情、お金持ち、社長と呼ばれる人、政治家、マフィア等に関する自分の経験、小説や映画で得た情報など諸々。)

 

そしてこのデータを参照すると、もしも私が歯向かったらとんでもないことが起こるはずだと未来を無意識のうちに予測します。

すると、とてもヒロインのように飛び出して行って権力者から茶壷を奪い取って権力のなさそうな商人に返すなんて恐ろしいこと出来なくなります。

 

 

でも、ヒロインは飛び出します!

「こんなのおかしいですよ!」と言えるんです。

 

いくら過去にタイムトリップしていたという前提があったとしても、彼女にはあまりに恐れがなさすぎました。

そのシーンを見たときに、過去のデータによって人を「○○」と認識せず、未来を予測しないとき、自分にとって大切な行動が瞬時にとれるのだなとなぜかとても納得させられました。

 

 

 

ふと、ケイティのことばが浮かんできました。

“If I’m living even a nanosecond into the future, I am the cause of my suffering.”

「もし私がほんのナノ秒であっても未来に生きていたとしたら、私自身が苦しみを生み出しています。」

 

 

一瞬も今から過去に戻らず、未来に移動しないとき、私たちは恐れを体験しません。

 

しかし、そんなことは意識せず生きているので、いつも過去に戻り、未来を予測することを私たちはやめませんね。

その気づきを得たときに、隣の席では母がいつものように自由に過去を思い出してヒロインの未来を心配していました。

「あーあ。またあの時代に行っちゃうよ。」「どうやってこの世界に戻ってくるの?」

そんなものですね。笑

 

 

 

過去に戻って、未来を予測している自分をザ・ワークを通して気づいてみませんか?

1/28(土)、29(日)にバイロン・ケイティのワークのワークショップを行います。

少人数で行いますので、かなり密度濃く行えると思います。

是非いらしてくださいね。

 

ワークショップ東京

吉田あき


生きるのが楽になりました

去年から長期でセッションを受けてくださっているNさんから昨日嬉しいお言葉をいただきました。

「あきさんのセッションを受けるようになって、内面から変わりました。生きるのが楽になりました。」

正直に、心から嬉しかったです❤

もちろんこれには、Nさんのオープンマインドが大きな役割を果たしているので、共同作業なのですけれどね。(^_−)☆

 

さて、昨日はNさんのセッションで久しぶりにEFTを登場させました。

体験してみたいというご要望にお応えして❤

 

私EFTを開発したゲアリー・クレイグさんが大好きで、EFTを2008年に知ってからものすごくEFTにはまったんですよね。

彼のDVDをたくさん観てEFTを色々な人に体験していただいて、わー、大好きだなぁと思ったんです。

 

私の英語のサイトから来てくださる方は、EFTご指名の方が多くて、よくEFTをさせていただくのですが、その効果ってすごいんですよね。

 

「今まで何年も心療内科に通ってそれでも苦しかったから、ここに来ても何回か通うつもりで来たのに、あれ?なんだろう、もう大丈夫な気がする。」

なんて言葉を何回聞いたことか。

でも、本当に、そうおっしゃる方って大抵とてもオープンです。

「何年もかかるつもりだけど、もう人には任せない。自分でちゃんと向き合います。」

そんなスタンスでいらっしゃってる気がします。

だから、なのでしょうかね。とても清々しく帰って行かれます。

そして新しいお客様をご紹介くださる。

この循環がとても嬉しいです❤

 

 

こんな風にお客さまからの謝辞やおほめの言葉をそのまま受け取れるようになったのは、この年初に行ったワークが大きく関係していると思います。

 

それは、今年ケイティに会った時に出てきた痛みから始まりました。

ケイティに皆が寄っていってハグをしたり話をしたりしているのを見て、スタッフだった私は、

「スタッフの私が輪を乱してはいけない。彼らの波が引いたら後でハグしに行こう。」

と思って何度もケイティのそばでぐるぐるしていました。

 

その時の私の気持ちは「ケイティに気づいてほしいなぁ。大勢の中の一人ではなく、私個人として認識してほしいなぁ。」という思いでした。

 

と、同時に「私という個人はアイデンティティというストーリーに過ぎない。誰かに愛されたい。私を認めてもらいたいという思いは捨てなければいけないものだ。」とも思っていました。

 

けれど、私の友人の一人がとても自由にケイティに歩み寄り長い長いハグをする瞬間を目撃した時に、とてもとても傷ついている私がいることをようやく認めざるを得ませんでした。

 

そうして、私はケイティに対してジャッジメント・ワークシートを書いたのです。

「私はケイティに傷ついている。何故ならケイティは私を認識しないから。」

そうやって問いかけをしていくと、私はケイティを求めていながらも、ケイティに拒否されることをとても怖れていることに気づきました。

彼女が私を認識しないとき、彼女は私を「罰している」そう思っていたのです。

 

私なんかが愛を欲しいなんて、そんなおこがましいこと言っているから、わざと私だけ見えないようにしているんだ。

私なんかが彼女の愛を欲しいなんて思ってはいけないんだ、

そう信じていることで、自分を罰していたのは

 

私でした。

 

 

そのワークの中で、「誰かに愛を欲しがったら嫌われる」という思いも出てきました。

そうして、「誰かに愛を欲しがったら好かれる」という置き換えの中で私は、自分の中で革命が起きるような例をみつけました。

 

大丈夫なんだ、愛を欲しがっても、私を認めてほしいと願っても、大丈夫なんだ。

 

そう確信できたのです。

 

 

KatieandMe

その時のハグ

そうして次の日、ケイティに「ハグをしてもいいですか?」と言いに行くことが出来ました。

 

ハグの間にケイティに「あなたのようなオープンハートの人がいたら世界からワークはいらなくなるわ。」と言われました。

 

その時には、もはや、「私」に言われている気はしませんでした。

 

「私」を認めてほしいけど、こちらからは求めない。相手から歩み寄ってくるのをじっと待つ。

という矛盾した生き方から、

「私」を認めてほしいから、求める。でも、相手をコントロールするためにするのではなく、自分のためにただ表現する。

という生き方にシフトした時、

「相手に認められなければいけない私」は消えていたのです。

「私」は私に認められていたから。

 

 

そんな感じで始まった2017年です。

もっと自分のことをたくさん信じて愛していきたい、そして自由に生きたい、そんな年明けです。

 

 

❤–  ワークショップのお知らせ–❤

1/28,29体験型のワークのワークショップをやります。

ワークのやり方はもちろん押さえますが、どちらかというと個人のワークのプロセスを大切にします。

ペアでワークをし合うよりも、他人のワークからなにかを得るような体験型のものになります。

出来れば全員のワークをしたいので、4名様という少ない人数で行います。

 

もしも気が向いたらどうぞいらしてください。

この日程が合わない方は、ご希望の日程があればご相談ください。

1/28(土)、29(日)ワークショップの詳細

 

 


どうしてこんなに辛いのかな?と思ったら

何か出来事が起きて、そしてそれにものすごく反応してしまうことってありませんか?

特に怒りの感情が反応として出てくるとき、そんな時の私のこれまでの対処方法はこんなものがありました。

  • 怒る。
  • ひたすら頭でそのことを考え続けて文句を言い続ける。
  • 人に話してなぐさめてもらう。同意を得る。
  • 早く気分を良くしようとする。
  • 怒っている自分を許しているようで、本当はその状態を許していない。
  • とっととこの怒っている状態から抜け出るためになんでもしようとする。
  • かといって相手を許すのも嫌。
  • 怒るのをやめたい。
  • だけどその為には相手が悪かったことを認めて向こうから謝ってもらう必要がある。
  • 自分は悪くないから。
  • テレビを見る。
  • 何かを食べる。
  • 他のことをして気を紛らわせようとする。

 

でも、ちっとも気分は良くならなくて、いくら友達になぐさめてもらっても気分を害したままで、いてもたってもいられない。

そんな時に、私は今はバイロン・ケイティのワークの問いかけを行います。

そのプロセスは、私にはこんな感じに感じます。

  • その怒りを持ってても持ってても良いんだよという許容。
  • その怒りはどこから来たのか一緒に見ていこうねというお誘い。
  • どうしてそんなに痛いのか、理由をみつけてみない?というお誘い。
  • 怒っているという経験をフルに経験するプロセス。

 

今まではどうして怒っているのか分からないのに、怒っている自分を消そうとしてもがいてもがいて辛いだけだったから、今は存分に怒りながらその怒りがシフトしていくのをただ観察できるザ・ワークに会えてよかったなと思います。

 

久しぶりに、ワークショップをやることになりました。
限定4名様の小さなアットホームなワークショップです。

バイロン・ケイティのワークを学ぶと書いたのですが、ちょっと違うかなと今は思っています。

むしろワークをしまくる、ワークに浸る、そして私のアメリカのケイティの体験をシェアする

今起きている人生のイベントと向き合う、そんなイベントです。

 

ですので、以前ワークショップに出られた方もいらしてくださって損はないと思います。

なんだかちょっと全然違う感じを思っています。

もしびびっと来たらようこそ。

びびっとと聞いて聖子ちゃんを思い出すあなたはまさにメインターゲットです。笑

 

ワークショップ東京

 


新しい年のご挨拶

遅ればせながらみなさま新年明けましておめでとうございます。

アメリカから帰ってきました。

img_143612月の上旬にアトランタで行われたNo Body Intensiveと、12月末に行われたメンタルクレンズ、そして1月上旬に行われたITWコンベンションという3つのバイロン・ケイティのイベントに参加してきました。

この3つのイベントそれぞれにテーマがあったなと今ふりかえって思うのですが、振り返ってみて一番に感じることは、今年はもっと自分の中からあふれるものを、あふれるままに進んで行こうと思うきっかけになったということです。

「○○を達成したいからこういう風に動こう」というような動きではなく、ただ自分の中から出てくるもののままに今年は動いてみたいなと思っています。

 

そして、ワークショップの内容が変わります。

去年は各自でペアワークが多かったのですが、今年は少人数で私がファシリテートするリアルなワークを体験していただく時間を多く取る少人数で行う2日間、もしくは人数増やして3日間もしくは2日半の内容を考えています。

まずは1月の28日(土)、29日(日)に4名限定のバイロン・ケイティのワークのイントロ・ワークショップを行います。

場所は武蔵小山のOpen Your Mind, Open Your Heartのセッションルームです。

詳細、及びお申し込みはこちらでご確認ください。

料金は¥35,000です。

4名さま限定なので、アットホームにいきましょう❤

 

 


Holiday Greetings from America!

一部の方にはお伝えしていましたが、今アメリカに来ています。

12月の頭に行われたバイロン・ケイティのイベントに参加した後、カリフォルニアに来て若かりし頃ホームスティさせていただいていたお宅に滞在させていただいています。

image12月末、そして1月の上旬にケイティのイベントが2つあり、それに参加する予定でアメリカに留まったのですが、やはりアメリカのクリスマスシーズンは良いですね。

みんながクリスマスに向けてワクワクしている感じが伝わります。バタバタと人々がクリスマスショッピングに走る姿も味があります。
私も昨日クリスマスに向けてクッキーを焼いてみました。
初アイシングクッキーでしたが、美味しくできました❤️
アイシングって粉砂糖で作るんですね。甘いかな〜と思いましたが、クッキーの砂糖の量を減らしてバランスを取ったので美味しかったですよー🎶
何より、デザインする喜びを感じられます。アイシングクッキーにはまりそうです。
さて、皆さんもお気づきだと思うのですが、10月の大阪ワークショップの辺りからガラッと私の中の空気が変わり、一旦お休みの期間に入っていました。

10月、11月、12月は、日々様々な形で現れてくる「お知らせ」に耳を傾けて自分自身のワークを続けてきました。すごく単純なプロセスです。
例えば、facebookを開いてなんだかものすごくザワザワしたとしたら→ 何が嫌なのか自分に問いかけてみる。
どこの何を見た時なのか?全体に嫌だったのか?きっかけは何か?

そしてジャッジメント・ワークシートを書きます。
私は◯◯に嫌悪感を感じる。なぜなら〜というように。

そして問いかけていきます。
すると、これまでずっとワークを続けてきたからなのか、最近はどの文章を問いかけても深く痛い感覚を感じます。
前は、この感覚を感じた途端にザ・ワークの問いかけをすることに抵抗を感じて止めていたのですが、今は「よしよし、大丈夫だよ。一緒にいるからね。」という感じで寄り添いながらワークが出来ている気がします。
時に問いかけはスムーズに進まないことがあります。
最初の問いかけから全くオープンになれずに、「いや、絶対に本当だもんね!!」という自分の中の抵抗を強く感じることがあります。

そんなときも大丈夫です。
ただ、問いかけ続けます。

もう少し時間を置いてから、「あの人は私に命令している」それは本当?という風に問いかけていきます。

(ちなみに、この思考は昨日私に現れてきたけど、私がまだオープンに向き合えなかったので、今じっくりとゆっくりと問いかけを続けている思考です。)

こうやって続けていくと、やはり最初の「命令された嫌な感じ」は小さい頃の経験の中にあることが分かります。小さい頃にこんな嫌なことがあったんだ、と覚えた記憶をずっとずっと持ち続けていることが分かります。

そこにそっと寄り添って、本当に私は命令されていたのか、本当に私は従うしか選択肢がなかったのか、本当は自分からあえて相手の要求に従っていたのかもというようなことを見ていくと、ふっと「私」が目覚めるときがあります。
この感じを今まで一生懸命に色々な人の言葉を借りて伝えようとしてきたのですが、あまりうまく伝えられてきたような気がしません。

やはりそれぞれの方に体験していただいて、これだ!と感じてもらうのが一番な気がします。
2017年またガラッと空気が変わる気がします。

ザ・ワークを皆さんにシェアし、皆さんの体験のサポートを続けていくことが更に大きなメインになっていくようですが、その伝え方が少し変わってくるかもしれません。
無理のなく、更に自分に誠実な、そんなプロセスを今は一歩一歩歩んでいます。

 

最後に、バイロン・ケイティのNo-Bodyイベントからケイティの言葉をシェアします。

 

あなたのことでない思考はひとつもありません。
全ての思考は、完全にあなたに関するものです。
思考は全て自己中心的なものです。

バイロン・ケイティ

There is no thought which is not about you.
All thoughts are entirely about you.
It’s entirely self-centered.

Byron Katie

 

アメリカより愛を込めて
吉田あき


風と共に去りぬ

Gone with the wind...

Gone with the wind…

しばらくこちらご無沙汰でしたが、みなさまお元気でいらっしゃいましたか?

私は12月アメリカのバイロン・ケイティのイベントに複数参加してきます。

 

最初のイベントはNo Body というタイトルのイベントです。

 

 

毎回どんなイベントになるのか全く想像がつかないのですが、今回は今まで以上に思考が働いていません。

 

ケイティが、The Work will eventually take everything from you. (ザ・ワークはやがてあなたから全てを取っていく)と言ったのだそうです。

そんな感じです。

 

色々なことをコントロールしようという思考が今あまり機能していなくて、全て流れるままになっています。

 

とりあえず、旅行準備は出来たので、後はもうただ行ってこようと思っています。

 

また、何かが現れてきたらブログ書きますね。

 

それではまた。

 

吉田あき