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吉田あきのブログ

過食嘔吐と「私はダメだ」その10

前回の続きです。

これまでの記事はこちらから。
過食嘔吐と「私はダメだ」その1
過食嘔吐と「私はダメだ」その2
過食嘔吐と「私はダメだ」その3
過食嘔吐と「私はダメだ」その4
過食嘔吐と「私はダメだ」その5
過食嘔吐と「私はダメだ」その6
過食嘔吐と「私はダメだ」その7
過食嘔吐と「私はダメだ」その8
過食嘔吐と「私はダメだ」その9

 

最終回です。

最終回は、まとめです。

 

最初にあったのは、「自分はダメだ」という自己否定。

それを消したくて、大丈夫にしたくて、完璧になりたくて、頑張り続ける。

でも、常に「自分はダメだ」と信じているので、頑張りが続かないし、気持ちがふさぐ。

そこで、自分を元気にしてくれるように感じる「食べること」に頼る。

食べると元気になり、頑張ることが出来るようになる気がするが、段々と太り始める。

それでは、完璧から外れてしまう恐怖が出てきて、自分の中の「自分はダメだ」の傷が刺激されるので、吐くようになる。

そうしていくうちに、「自分はダメだ」と思うから頑張る、無理して頑張るけど基本にある自己否定のせいですごく疲れるし落ち込む、だから食べる、食べるのがやめられないから、自分はもっとダメだと思う、自分はダメだと思うともっと無理を自分追い込む、苦しくなる、食べる、吐く、さらに落ち込むということがただただ繰り返されていくようになる。

 

これが過食嘔吐のサイクル。
というか、すべての落ち込みのサイクルかもしれません。
「自分はダメだ」という思いが刺激されることが起こると、何かに逃げたくなる、それに頼れば楽になる気がするから。
そうしているうちにそれから逃げられなくなる。
そして常にその時にずっと根底で自分の恐怖を生みだし続けている、自分を刺激し続けている思いがある。
それが「自分はダメだ」の思い。

そしてこの渦中にいると、「自分は摂食障害だ。私の問題は過食嘔吐だ。」目に見えている症状で自分のことを認識するようになる。(「自分は依存症だ」「自分は共依存だ」「自分はアダルトチルドレンだ」「自分はアルコール依存症だ」などなど。)

そして、この問題を解決すれば、楽になれるのではないかと考えるようになる。

そして、様々な方法を使って、食べることをやめようとしたり、食べている自分を責めたりして、「過食嘔吐」を治そうとするようになり、そしてもっともっと苦しくなる。

 

 

 

元々あった「自分はダメだ」に、「太ってしまう私はダメだ」も追加されているし「過食嘔吐をやめられない私はダメだ」も追加され、疲れ切ったあなたに私は言いたいのです。

あなたの問題は過食嘔吐ではありませんと。

 

 

あなたの問題は、あなたに問題があるという思考を信じてしまったことにあります。

本当は、あなたには何の問題もないのに。

 

 

私も、「どうせ私はダメなんだ」の思いをずっと持っていたので、とても苦しかったです。
様々な症状としてそれは、私の人生に現れていました。

拒食症、過食嘔吐、人を怖れる、人を喜ばせていないと不安、自分の声を聞くことが出来ない、いつも誰かの声を優先してしまう、お金の不安、将来への不安、共依存もしくは引きこもり…。

 

それでも、いつも食べることや、なんかしらのよろこびを私に与えることによって、私は誤魔化し誤魔化し、人生を「普通の人」のふりをして生きてきました。

 

 

今も、食べることはよろこびをくれます。テレビを観たり、頭をからっぽにさせてくれる娯楽が好きです。

 

 

でも、ワークを5年以上ほぼ毎日し続けてきたことによって、段々と、自分の声が聞こえるようになってきました。

最初は頭がぼーっとして何を言っているのか、何が自分を混乱させているのかも分かりませんでした。

 

それがワークをし始めて、自分の中にたくさんの怒りや混乱、悲しみや失望、たくさんのあきらめがあったことを許せるようになってきました。

 

そして、それらが生まれた原因をひとつひとつじっくりと時間をかけて探求していくことで、頭の中のおしゃべりが段々と静かになっていきました。

 

 

体育館で集会前に全校生徒が思いっきり雑談しているときのうるささ(締め切った反響する空間の声の響き)が、今は、もっとひとつひとつの声がはっきりと私に何を言っているのかが分かるようになりました。

声がなくなった訳ではありません。

でも声が何を言っているのかひとつひとつ聞くことが出来るようになると、四方八方からぐわんぐわんと色々な声が聞こえて混乱していた時より、対処が楽な気がします。

「なんで出来なかったんだ?」「何をしてるの?」「あれは出来たの?」「お前はバカだ。」「だからうまくいかないんだ」などのひとつひとつの声をとらえて、聞いてあげます。

 

 

こんな静けさをあなたにも、味わってほしくてバイロン・ケイティのワークをご紹介しています。

 

やり方はすべてここのサイトに書いています。

 

 

でも、最初は難しいと思います。頼ってください。

やり方、向き合い方をじっくりとご紹介します。

 

 

もし、興味があったら、個人セッションを受けてみてください。

そして、今回お試し的に、このような傾向の方向けのオンラインコースをつくってみました。

 

このコースが誰かのお役に立てたらいいなと思い、つくりました。

夜にオンラインで行うコースです。

ご興味があれば、詳細を観てみてください。

 

 

過食嘔吐と「私はダメだ」オンラインコース

 

長い続きものの記事を読んでくださってありがとうございました❤

 

暑い夏ですが、みなさまがお元気に過ごせますように。

 

吉田あき


過食嘔吐と「私はダメだ」その9

前回の続きです。

これまでの記事はこちらから。
過食嘔吐と「私はダメだ」その1
過食嘔吐と「私はダメだ」その2
過食嘔吐と「私はダメだ」その3
過食嘔吐と「私はダメだ」その4
過食嘔吐と「私はダメだ」その5
過食嘔吐と「私はダメだ」その6
過食嘔吐と「私はダメだ」その7
過食嘔吐と「私はダメだ」その8

 

今日は置き換えを体験しましょう。

 

置き換えとは何でしょうか?

置き換えは、最初の文章を色々な方法でひっくりかえしてみて、さらに、その置き換えた文章が、もしかすると最初の文章と同じく、もしくはそれ以上に正しいかもしれないことを探求していくプロセスです。

 

 

では、試してみましょう。

「○○さんは私のことを嘘つきだと思った。」
これが元にある私の思考です。

○○さんが私のことをどう思っているのか、まるで知っているかのようにそう信じています。

 

これをまずは、「私は、私のことを嘘つきだと思った。」とひっくり返してみましょう。
こうすることで、○○さんが私のことを「嘘つきだ」と思ったかもしれない同じ時に、実は「自分が」自分のことを嘘つきだと思っていなかったか?を見ていきます。

 

では、皆さんも前回の、自分がばれないだろうと思って嘘をついたことが、相手にどうもばれてしまったかもしれなくて、いたたまれない気分になっている場所に戻ってください。

前回の記事を読んでいない方はまずはそちらを読んでみてくださいね。
4つの質問

 

それではその場所に戻って、その置き換えた文章が、真実味を持つ、具体的な例を3つ挙げます。

ここでも、頭ごなしに「そんな訳ないじゃないか。」と決めつけずに、オープンになってその置き換えを聞いた時に、どう思うか、瞑想をしながら、自分の中に尋ねていきます。

 

 

その場所で、相手ではなく、「自分が、自分のことを嘘つきだと思った」と聞いた時に、どう感じますか?
その場面で、それが本当かもしれない例をみつけられますか?
じっくりと座ってその答えが現れるのを待ってください。
時間がかかっても大丈夫です。ゆっくりと時間を取ってみてください。

 

 

 

 

では私の例を挙げてみましょう。

  • これが事実。実際に嘘を付いたし、そのことを自分でも自覚している。それを隠そうとするから混乱するだけ。
  • この文章の方が真実味がある。○○さんにばれるより前に、嘘をついていることを恥ずかしいと思っている自分がいた。
  • ○○さんは何も言っていない。私がずっと頭の中で「嘘つき、嘘つき」と自分を責めているだけ。それが苦しくて、○○さんもきっと自分を責めているに違いないとすり替えた。

 

相手が自分にしていると信じてきたことを、実は自分が自分にしていたということを認めることは勇気のいることです。
自分を責めずに、ゆっくりと真実と向かい合ってみましょう。

 

 

 

 

では、他の置き換えもしてみましょう。○○さんと私の立場を逆にしてみます。

「私は○○さんのことを嘘つきだと思った。」

今まで、○○さんが私のことをそう思っているということばかりに気を取られていました。しかし、同時に自分も○○さんのことを嘘つきと思っていなかったでしょうか?これも、先ほどの場面に戻り、自分の中からその例が浮かんでくるのを待ちましょう。

 

 

 

 

 

私の例だと、

「私は○○さんのことを嘘つきだと思った。」

  • 「私に『あれどうなったの?』と聞いていたくせに、きっと私以外の人に聞いたんだ!ひどい。私以外の人に勝手に聞くなんて。私さえ黙っていたらばれないと思ったのに。」と勝手に、私の中で○○さんは他の人には聞いてはいけないという約束事を決めていて、それが破られたことを私は怒っていた。
  • 「私のことを嫌いになってはいけない。」という約束事を勝手に頭の中で○○さんに押し付けていて、嘘がばれた時の○○さんの顔を見た時に、「ひどい!私のことを嫌いになるなんて!嘘つき!」と思っていた。
  • 「この人はやさしいふりをしていたけど、こんな些細なことで人に失望する人なんだ。がっかり。」と勝手に○○さんに期待していた優しい人のイメージを裏切られて嘘つかれた気になっていた。

 

 

「私は○○さんを嘘つきだと思った。」その例が出てくると、自分の中の意識していなかった部分が出てきて、謙虚になれます。私も同じことしてました。勝手に怒って勝手に失望してました。ごめんなさいと。

 

皆さんの場合はどうでしたか?どんな例が出てきましたか?

 

 

 

 

 

では、他の置き換えもしてみましょう。意味をまるっきり反対にしてみましょう。

「○○さんは私のことを嘘つきだと思わなかった。」

きっと私のことを嘘つきだと思ったに違いないと信じているときに、実はそうではなかったかもとみていく勇気のいる置き換えです。じっくりとこの文章が、もしかすると実は本当かもしれない理由をみつけていってみてください。

 

 

 

 

私の例を紹介します。

  • ○○さんは私に「お前、嘘つきだな」なんて言ってこなかった。
  • ○○さんに確かめていない。だから確実ではない。「お腹すいたな」と思っているかもしれない。
  • ○○さんは、そのことを知ったかもしれないけれど、その結果、私のことをどう思ったかは私は本当に知ることが出来ない。

 

 

 

このように、よく事実を見ていくと、どうですか?

 

 

「○○さんが自分のことを嘘つきだと思った」という思考を信じ続けることは出来ますか?

 

 

 

もしここで、まだその思考が真実だとしか思えないのだとしたら、まだ深く探求が出来ていないのでしょう。もちろん、それもOKです。

でも、ほんの少しでも真実を知ると、先ほどまで絶対の真実だったことが、少し違って聞こえてきませんか?

 

 

 

こうやって一つ一つ、探求をしていくのが、バイロン・ケイティのワークです。
頭をやわらかく、オープンに向き合っていく必要があります。
決して楽なプロセスではありません。エゴは泣いて叫ぶでしょう。「私は絶対に間違っていないのに!」と。
それでも、そのエゴを超えたところで、自分が本当は知っていた真実に巡り合えると、心がよろこびます。ほっとします。

 

 

先ほどの、「私は私を嘘つきだと思っている」の例で、そうだった、私は最初から自分を嘘つきだと思っていたのだった、と気付いた時、私はほっとしました。
だったらばれた時に、それを隠さず、「そうなんです。ばれると恥ずかしいと思い嘘を付いていました。」と自分の真実(嘘をついている私)と、相手に見せる自分を一緒に出来る感じがしました。

 

 

自分の中で、次回同じようなことが起きた時に、はたして私は嘘をつくかな?そして例えば嘘をついたとして、それがばれた時に、それでもそれを隠し続けるかな?と楽しみになりました。

 

 

バイロン・ケイティのワークは「ワーク(一仕事)」と言われる位ですから、簡単なプロセスではありません
でも、だからこその効果は驚くほどのものです。

これがしつこく信じ続けている思考にワークを使って探求していくことをお勧めしたい理由です。

私が身を持って、その効果を体験しているので、自信を持ってお勧めできます。

 

 

では次回に続きます。おそらく最終回です♪

 

 


過食嘔吐と「私はダメだ」その8

前回の続きです。

これまでの記事はこちらから。
過食嘔吐と「私はダメだ」その1
過食嘔吐と「私はダメだ」その2
過食嘔吐と「私はダメだ」その3
過食嘔吐と「私はダメだ」その4
過食嘔吐と「私はダメだ」その5
過食嘔吐と「私はダメだ」その6
過食嘔吐と「私はダメだ」その7

 

ワークシートが書き終わったら、質問1の文章から順に4つの質問を使って探求を始めていきます。

 

それでは実際に問いかけていきましょう。
実際にはご自分の書かれた文章を使って問いかけていきますが、今は前回から続いている文章を使っていきます。

「○○さんは私のことを嘘つきだと思った。」

 

 

では、一緒に探求を体験していきましょう。ただ、読むだけではなく、ご自身でも質問に答えていってみてください。時間をとってゆっくりとご自分の答えが出てくるのを待ってください。

 

 

 

 

 

 

 

まずは、ご自分の過去で、誰かにきっとばれないだろうと嘘をついたことを、後からその人が知ってしまった時の、恥ずかしさを感じた出来事を一つ思い浮かべてみてください。そして目を閉じて一つ一つの質問に頭ではなく、瞑想をするように答えていってください。

 

 

「○○さんは私のことを嘘つきだと思った。」

それは本当でしょうか?

 

十分に時間を取って、出てきた答えがはいなら次の質問にいきます。
いいえの時は次の次の質問にいきます。

 

 

 

「○○さんは私のことを嘘つきだと思った。」

その考えが絶対に本当だと言い切ることは出来ますか?

 

 

ここでも目を閉じてじっくりとその場に戻り、自分自身の「知ってる」と思っているエゴの部分を超えた答えを尋ねてみてください。本当に、あなたは○○さんが考えていることが分かりますか?○○さんはそう言ったのですか?本当に自分の考えが正しいと言い切れますか?

 

「はい」か「いいえ」で答えます。

 

 

 

 

次に尋ねるのはこの質問です。

「○○さんは私のことを嘘つきだと思った。」

その考えを信じる時、どう反応しますか?何が起きますか?

 

 

 

目を閉じて、自分がどんな反応をするのかを答えてください。どんな感情が出てきますか?
身体の感覚はどうですか?どんな過去や未来を見ていますか?自分のことをどんな風に見ますか?相手にどんな風に接しますか?

これが、あなたがその思考を信じているときに起こることです。

もしかすると、心臓がバクバクとなって、汗が出てきて、恥ずかしくて相手と目が合わせられなくなって、もう相手は自分といたくないと思うだろうという未来を見て、自分のことを嘘つきで恥ずかしい人だと思い、自分のことを嫌いになって責めて、そして何か食べたくて仕方なくなるのではないですか?

その人に恥ずかしさの為に、顔が合わせられなくなって、会う度にやましい気持ちになって、距離を置くようになる。「この人に絶対に嫌われた!」と思い、それを思い出す度に後悔して、自分を責める。「こんな嘘つかなければ、この人はまだ私と一緒にいてくれたのに」と思うと悔しくて仕方がない。自分が全部壊してしまったように思う。自分は嘘つきだと見るので、人生においても何故か正々堂々と生きられないところを感じる。いつも胸の中にしこりのように、「私って恥ずかしい」という思いを持ち続けていて、自分を責めている。。。など、

 

ご自分の反応をよく観察して、答えてください、その考えを信じていると自分がどうなるのかを。

 

 

 

 

自分の反応を全て出し終えたなと思ったら、次の質問に動きます。

 

 

「○○さんは私のことを嘘つきだと思った。」

その考えを信じていなければあなたはどうなりますか?

 

 

頭で「はいはい、なかったら楽ですよ。」とやるのではなく、本当にその場に戻り、その考えは浮かんでくるけれど、それを信じていなかったら、自分はどうなるのか体験してください。

 

 

その考えを信じていなかったら、

私は、まず息が出来るようになります。「もしかして△△のこと知っちゃった?」と聞けます。
「すごく恥ずかしくて言いたくなかったから嘘ついたけど、知られた方がずっと恥ずかしいね。」「私のこと失望した?嘘つきだと思った?嫌いになった?」と聞きたいことを聞けます。

そこに存在出来るようになります。先ほどまでは、私はその場から今すぐに離れて消えてしまいたかったのですが、今は、自分はこういう風に感じているけれど、貴方はどう感じていますか?とまっすぐ相手に尋ねることが出来ます。

 

嘘をついた私を責めたり、隠したりせずに、そこに居させてあげられることが出来ます。
嘘がばれて恥ずかしい私を隠さずにその人に見せることが出来ます。

それはとても安らかな感じです。自分を隠さないですむことをずっと私は求めていたような気がします。

 

 

皆さんも、ご自分の答えを自分の中から聞いてください。

 

 

 

 

次回は置き換えをしていきますね。

 

また新たな一週間の始まりですね。私は、朝8時からあるコースを受けています。
朝早くに始まると一日が長くて良いです!宿題も多いけど、楽しいです♪

 

よい一週間を❤

吉田あき

 


過食嘔吐と「私はダメだ」その7

前回の続きです。

これまでの記事はこちらから。
過食嘔吐と「私はダメだ」その1
過食嘔吐と「私はダメだ」その2
過食嘔吐と「私はダメだ」その3
過食嘔吐と「私はダメだ」その4
過食嘔吐と「私はダメだ」その5
過食嘔吐と「私はダメだ」その6

 

前回は、過食嘔吐という目に見える症状ではなくて、その下にある思い「私はダメだ」が真実なのかどうかをバイロン・ケイティのワークで探求することをお勧めしました。

 

では、バイロン・ケイティのワークではそれをどう進めるのか?その進め方の例をひとつ、バイロン・ケイティのワークが初めての方に向けてご紹介しますね。

 

まずは、生活の中で、「食べたい!」「食べなくちゃ!」スイッチが入ったときのことをひとつ思い出してください。
具体的に実際に起きた出来事で覚えているときのことです。

 

それは何年も前の出来事でもいいのですが、なるべく鮮明に思い出せる時がいいです。今日のこととか、昨日のこととか、近い時の方がいいです。

 

※「急にどうしても食べたくなる」を急にゲームをしたくなるでも、どうしてもパソコンを立ち上げてブログを読みたくなるでも、タバコが吸いたくて仕方なくなるでも置き換え可能です。ご自分にピッタリくるものに置き換えて試してみてください。

 

 

では、その「食べたい」スイッチが入ったとき、それが入る直前にあなたは何を考えていましたか?

例:「今お昼ご飯食べちゃったから、次何か食べられるのは何時間も先だな。」
「あれ、やらなきゃいけないんだよな。面倒だしやりたくないな。」
「部屋、汚いな。掃除しなきゃ。嫌だな。」
「あのとき、なんであんな風に言ってしまったんだろう。ああ恥ずかしい。」

 

あなたが実際にその食べたくなるスイッチが入る直前に考えていたことを思い出してください。
それが、あなたの「食べたい」を発動させる思考のひとつです。

 

 

例えばそれが「あのとき、なんであんな風に言ってしまったんだろう。ああ恥ずかしい。」だったとします。

あなたは、過去に自分がしたことを思い出して、「あんな風に言うべきではなかったのに。」と思い、自分が恥ずかしくなって、それを忘れるために食べたいと思うのです。
急に何も理由がなく、食べたくなる訳ではないのです。

 

 

では、その時、「あんな風に言うべきではなかったのに」以外にもどんな思考がそこにあるのかを見ていきます。
どんな思考たちがあなたを、「食べずにはいられない!」と追い込んでいるのかみつけていきます。そうです、一つではないのです。
これには、ジャッジメント・ワークシートというワークシートを使います。

 

では、あなたはその恥ずかしいと思うことを自分がした時、誰とどこにいましたか?何が起きたのですか?そして、何故恥ずかしいと思ったのですか?

よく、その状況に戻り、どうして恥ずかしいと思ったのかの理由を、本当の理由をみつけてください。

 

私の場合は、おそらくばれないだろうと思ってついた嘘が、あっさりとその人にばれてしまった時のことを思い出しました。その時、私とその人は2人でその部屋にいて、そのことがその人にどうもばれたらしいことを察して、私は恥ずかしくていたたまれなく感じていました。

そして何故自分を恥ずかしいと思ったのだろう?その理由をよくよく見ていくと、相手に嘘つきだと思われたと信じていることが分かりました。

 

そこで、先ほどのジャッジメント・ワークシートをプリントアウトして、1番に記入します。
「私は自分を恥ずかしいと思う。何故なら○○さんは、私のことを嘘つきだと思ったから。」という風に。

 

 

ワークシートには残り5つの質問がありますので、それに順次答えていきます。
その質問には、相手にどうしてほしいのか、相手は何をするべきだったのか、相手に何をしてもらったら自分が幸せになれると思うのか、相手をどう批判しているのか、そしてこのことを思い出すと、もう絶対二度と体験したくない~!と思うのは何なのか、それらがあります。

これをじっくりじっくり自分と向き合いながら、書いていきます。

 

これら全てが、あなたを「食べたい!」という衝動を起こさせる思考たちです。
これらを信じていると、あなたはその結果として「いてもたってもいられない!食べなくては!!!」と思うようになるのです。

 

これらはふいにあなたのこところに現れて、一瞬のうちに色々な思いを引き起こし、「食べたい!」と思わせます。

この一瞬をバイロン・ケイティのワークでは、スローモーションにします。

一体どんな思考がその瞬間に起きたのか、丁寧にゆっくりと見ていきます。

 

これは、自分を知る瞑想です。

自分の中にはこんな思いが瞬時に浮かんでくるのかと知ることができるようになります。

 

慣れていないと、それらの思いが出てくるだけで、「いや~!逃げたい~!何か食べたい~!」と思うかもしれません。
ゆっくりと向き合ってあげてください。

 

それでは、次回はいよいよ4つの質問に入っていきましょう。

 

良い週末をお過ごしください❤

吉田あき

 

 


過食嘔吐と「私はダメだ」その6

前回の続きです。

これまでの記事はこちらから。
過食嘔吐と「私はダメだ」その1
過食嘔吐と「私はダメだ」その2
過食嘔吐と「私はダメだ」その3
過食嘔吐と「私はダメだ」その4
過食嘔吐と「私はダメだ」その5

 

ステップ1は過食嘔吐をなんとかしようとするのを一旦お休みすることでした。

今日はステップ2をご紹介します。

ステップ2は、「自分はダメだ」という思いが真実ではないことへの探求を始めることです。

 

それで、ですね。
ここには実は色々な方法が用意されています。世の中には素晴らしいカウンセリング療法、手法、技術、精神統一の方法、ヒーリング、瞑想法、セラピーなどがあって、自分にピッタリくるな、と思えばどれをやってもいいと思います。

 

私も、たくさんのことに挑戦しました。そしてそのどれもが、今の私をつくってくれることに役に立ったと思っています。そしてそのどれもが素晴らしかったんです。

でもね、疲れちゃったんです。
その理由は、ステップ1が抜けてたからなんですよね~。

 

過食嘔吐をなんとかしようとか、「ダメな私」をなんとかしようというなんとかしなければ~、という思いを持ちながらそのどの手法とも向き合っていたので、解決しなければいけない問題と常に闘っているようなそんな感覚でした。

そして、その問題を持っているのは外でもない自分自身なので、問題を持っている自分VS問題を消したい自分の闘いでした。自分対自分の闘いって、どこまでいっても解決しないんですよね。よく言うアクセル踏みながらブレーキ踏んでいる状態。どちらも譲らず、闘えば闘うほど疲弊していく闘いでした。

 

 

そのように疲れ切ったときに、私はバイロン・ケイティのワークに出逢いました。

バイロン・ケイティのワークは、解決しなければいけない問題は何もない、というスタンスでいてくれることに安心を感じました。
起きている出来事は「私はダメだ」と信じている自分でさえ、全部そのままで良いことを許してくれました。全部、全部そのままでいい、何も解決しようとしなくていい、Loving What is, あるがままを愛す、という大きな愛に、ようやく安心感を得ることが出来たのです。

 

私はそもそも何も悪くない、すべてとてもinnocent, 純粋で無垢な思いから起きていること。
「私はダメだ」という思いを持つことに至ったのにも、そこに至る無数の無垢で純粋な思いが関わっていただけでした。

 

それを、一つ一つ、問いかけを通じて教えてくれたのが、バイロン・ケイティのワークでした。
ですので、ステップ2はたくさんの方法がありますが、私はステップ1とステップ2が融合しているバイロン・ケイティのワークを私の経験に基づいて、皆さんにお勧めします。

 

でもね、ここで言っているのは他のやり方がだめだということではないのです。
ステップ1(今の自分をダメだと否定しない、変えようとしない)が自分の中で腑に落ちていれば、そのことだけで大きな変化が起きて、あとはどのやり方をとっても大丈夫な気がします。(どのやり方といっても、全てを知っている訳ではないのでなんとも言えませんが。)
私のように、ステップ1が大切なことに気づくために長い旅をして色々試すことが必要なケースもあると思います。

 

バイロン・ケイティのワークでは、「私はダメだ」と信じるに至ったたくさんの出来事において、一つ一つ丁寧に本当に自分はダメなのかを探求することが出来ました。私は、本当に本当に絶対に自分はダメなのかどうかあらゆる角度から自分自身に問いかけ続けました。

具体的には、「私はダメだ」本当ですか?だけではなく、色々な人がきっと自分のことをこう思っているであろうと怖れていることに対して向き合い続けました。「この人はきっと私のことを好きじゃない。」とか「この人は怒っている」とか。

日々、誰かに対して怒ったり、不安に思ったり、悲しくなったり、イライラしたり、そんな時の思いを一つ一つ書きとめて、探求を続けました。

 

 

私の体験から言うと、数回の問いかけ(探求)で、長年信じ続けてきてガチガチに固まった思いが本当は真実ではなかったことに気づくことは、ありません。そのように出来てはいないのです。私の場合も何年もかかりました。それほど強く信じてきたものだから。けれど、少しずつ確実に、この思い「私はダメだ」が私に与える影響がワークの探求のおかげで少しずつ薄くなってきました。

 

そして実は、その思いは消えてなくなった訳ではありません。
でも、ワークを通じて、この思いは私が作りだしたり、消したりすることが出来るものではなく、そこにあるもの、だけれどもそこにあっても、私が前のようにそれに心を動かされなくても大丈夫なのだと分かるようになりました。

そこに思考はあるけれど、私がそれを自分のものだと認識することが薄くなった感じです。

 

つまり、長い期間をかけてステップ1への理解が共に育った感じです。思いはあっても良いんだよ。
「私はダメだ」という思いも、「過食嘔吐がダメだ」という思いも。皆あってもいいんだよ。
そんな風にやさしく思えるようにワークを通してなりました。

 

ステップ1、ステップ2と書きましたが、順番なんてないのですね。

ステップ2をしていたら、ステップ1が付いてくる。

そんな感じがバイロン・ケイティのワーク、探求です。

 

 

具体的な探求の仕方はここにすべて書いてあります。

ワークの問いかけ方

ですが、具体的にどこから始めたらいいのか分からない。自分がダメだという思考が真実ではないことを探求するってどういうこと?という質問があると思います。

 

次は、具体的な問いかけの例をご紹介しますね。

 

 

 

良い七夕をお過ごしください❤

吉田あき


過食嘔吐と「私はダメだ」その5

前回の続きです。

過食嘔吐から抜け出せなくなったとき、過食嘔吐をどうにかしようとするのはちょっと違うということを前回お話しました。
それでは一体どうしたらいいのでしょうか?
今日はそのお話をしようと思います。

これまでの記事はこちらから。
過食嘔吐と「私はダメだ」その1
過食嘔吐と「私はダメだ」その2
過食嘔吐と「私はダメだ」その3
過食嘔吐と「私はダメだ」その4

 

では、具体的に一体どうしていったらいいのでしょうか?
私は、症状である過食嘔吐の方よりも、根本にある「自分はダメだ」の思いが本当に真実ではないことに自分自身で気づくことが必要だと思います。頭でそれを上辺だけで理解するのではなく。

 

その為には、その間は、「過食嘔吐をどうにかしてやろう」という思いは一旦脇に置いておいてみませんか?とご提案します。「そこにいていいよ。」と声をかけてあげるくらいの優しい気持ちで自分に接してあげてください。

「自分はダメだ。生きている価値もない。」そう信じていることで苦しんでいるのに、その苦しみを和らげてくれるものを取り上げてしまうのはとても酷なことですよね。

 

でも、これはすごく怖い決断だと思います。
このコントロールを手放すことが出来ないから、私たちは苦しんでいるのですから。

しかし、過食嘔吐をやめようとして何年も頑張り続けてきてもやめることが出来なかった、 「どうしてやめられないの!」と自分を責めても、苦しむ以外にメリットが感じられなかった、そのことを誰よりも私たちは知っていますよね。

 

でもね、コントロールを緩めたからと言って何年も、過食嘔吐が続くかどうかは分からないんです。
探求を通して「自分はダメだ」という思いから自分が少し距離を置けるようになったとしたら、過食はそれほど必要ではなくなってくることはよくあるのです。だから、ほんのちょっとだけ、怠けてみませんか?自分をコントロールしようとするお仕事を。

 

ということで、ステップ1は、過食嘔吐をなんとかしようとするのをお休みするです。

 

次回はステップ2をご紹介します。

 

吉田あき


過食嘔吐と「私はダメだ」その4

前回の続きです。

過食嘔吐から抜け出せなくなったとき、自分は「病気だ」と思うようになり、そのことが危険であることを今回はお話ししようと思います。

これまでの記事はこちらから。
過食嘔吐と「私はダメだ」その1
過食嘔吐と「私はダメだ」その2
過食嘔吐と「私はダメだ」その3

 

これまで書いてきたような事柄を経て、結果として出てきたのが今の状況。
食べては吐き、食べては吐きがやめられない。

これを例えば病院などで診断を受けると「摂食障害」として名前が付けられる。
すると、私たちはどうなるのか?というと、病気ならば、その症状を止めればすべて良くなるのではないか?と思うようになるということです。

 

 

 

「自分はダメだ」という思考を信じていることが本来の原因であり、問題の根本であるにも関わらず、そこが見えていないと、見えている症状の方だけを消そうとしてしまうのですよね。

そうすると今まで食べることでバランスを取っていたのに、急に無理矢理食べないように頑張るようになる。
すると、どうなるのでしょうか?バランスは崩壊しますよね。

 

心はもっと不安定になって、不安で不安で、結局また食べ始めてしまい、前より歯止めが効かなくなることがよくあります。
もしくは他のものに依存し始めるかもしれません。この時に通い始めた精神科のお医者さんに異常に依存するようになったり、お酒を飲むようになったり。恋愛でカバーしようとしたり。

でも大抵は再発かなぁと思います。私の経験から言うと。それほど食べ物が自分にとってよろこびになっている人に、急にそれがよろこびでなくなることはないですから。

(医学的な根拠などなく話しています。個人的見解です。お一人お一人ケースは異なると思います。)

 

でも、ここまでしてでも、私たちは生きたいのだな、と思うと本当にけなげだなぁと思います。
苦しい、本当にやめたい、でも過食嘔吐してでも生きる、その強さが人間です。

誉めてあげてください。それだけ、生きようとしている自分自身を。

 

私も母に「あんた吐いてるんじゃないの?やめなさい!」と言われた時、やめたくてもやめられない自分を恥じて、母が正しいと思い、やめられないのにやめようとして苦しくて苦しくて、結局また食べ始めて、そんな自分を弱いと感じ、どんどん自分を追い詰めたことがあります。

私が提案するのは、過食嘔吐をどうにかしようとしない方法です。
頭ごなしに症状だけを悪者にしない方法です。この症状を持っている自分を責めない方法です。

 

それを次回から書いていきたいと思います。

 

大丈夫。必ず道は開けるから。

 

吉田あき


過食嘔吐と「私はダメだ」その3

前回の続きです。

過食嘔吐がどう始まって、どう苦しみを生み、どう抜け出せなくなるかを前回までは図解しました。

これまでの記事はこちらから。
過食嘔吐と「私はダメだ」その1
過食嘔吐と「私はダメだ」その2

 

さぁ、食べないと「自分はダメだ」の呪いから動けないので食べたい、でも食べると太るし、だからといって食べてから吐くそんな自分はもっと恥ずかしい。食べても地獄、食べなくても地獄のこの無限ループにはまってしまうとどうなるのか、今回は描いてみました。

 

このループにはまると、段々無気力化してきます。
「どうせ頑張ったって私なんてダメなんだもん、一緒でしょ?」と投げやりになってもっと食べてみたり、もっと吐いてみたりと。
それでも人間ってどんな逆境でも生きられるように出来ているのか、次の朝にはまた頑張ろうと思ったりするのですよね。本当にけなげです。

 

それで上手くいっている時は調子いいのですが、ちょっとでもつまづくようなことが起きると、そこからは坂道を転げ落ちるような自責が待っています。「私はダメだ。」「私はダメだ。」「私はダメだ。」「食べたい。」「食べたい。」「食べたい。」

(これね、今過食嘔吐を例に取っているので、食べたいですが、これが「タバコ吸いたい」かもしれないし「お酒飲みたい」かもしれないし、「テレビ見たい」、「買い物したい」なんてことになることもあります。)

 

そうして、歯止めがつかないまま食べては吐き、落ち込み、また頑張ってみて、また落ち込み、と続けていくうちに、この状態に名前をつけるようになるんですよね。

病名だと「摂食障害」とか「神経性大食症」とかまた一般的には「過食症」とか「過食嘔吐症」とか。

 

すると、自分の問題はそれだと思ってしまうようになるのです。
「私の問題は過食嘔吐だ。過食嘔吐をしているから私は苦しいんだ。それをやめれば、楽になるはずだ!」と思うようになるのです。

鬱と一緒ですね。
病名が付くと、そっちが問題だと思ってしまう。

 

でも、そもそも始まりにあったのは「私はダメだ」の思いでしたよね。
それがあるから動けなくて、動くために食べて、それでこの状況になったのでしたよね?
ですので、今この状態は、原因(私はダメだという思考)からもたらされた結果ですよね。

その結果だけを改善しようとしても、そうなるに至った原因(思考)が変わっていなければ、どうなるのでしょうか?

 

続きます。

新たな一週間の始まりですね。よい一週間を❤

吉田あき


過食嘔吐と「私はダメだ」その2

前回の続きです。
過食嘔吐がどう「私はダメだ」という思いから始まって、どうなっていくかを図式化しています。

 

前回の流れをまとめると、自分が自分をダメだと思っていると、それを隠さなければいけなくて、その為にすごく頑張るけど、頑張り過ぎて動けなくなる。でも動けないと完璧でいられないので、動けるようになるために、何かが必要となる、というものでした。

では、自分を動かす為に何を必要とするのか?というと、

 

そう!食べるのです。食べることはよろこびをくれて、幸せにしてくれると信じているので、食べると動けるようになるんです。そうすると、仕事を完璧に頑張れたり、怒りを感じても爆発せずにいられたり、とってもいい人のように振る舞ったり、自分の目指す完璧を達成できる行動が取れるようになれます。とってもありがたい存在です。

 

しかし、そうすると新たな問題が出てきます。動けるようになったはいいけれど、食べると太るのです!
それはとても困ります。何故ならば、行動が完璧なのに、見た目が完璧ではなくなってしまうのからです!!!

 

完璧な行動をとるために、食べることは必要なのに、
食べることによって見た目が完璧ではなくなってしまう、ダブルバインド(二重拘束)がここに発生してしまうのです。
食べても地獄、食べなくても地獄の状態です。

 

そうすると、人間は賢いので、「そうだ!食べても太らないようにすればいいんじゃない?吐いちゃえ。」と新たな方法をみつけてくるのです。

 

※これを読んで初めてこの方法を知った方もいると思いますが、その方に警告です。
このやり方は本当に長くて辛い苦しみの始まりとなります。安易に始めないことを私は切にお勧めします。何年もやめられなくて逃れられなくて苦しむことになると思います。
私も昔、こういう方法を雑誌などで読んで、「なるほど!それいいね!」と安易に始めてしまい、本当に長い間苦しみました。
この記事は、今この苦しみの中にいる方に向けて書いているものです。この苦しみの道をあえてわざわざ選ばないでいられますようこの続きをよく読んでください。

 

さて、続きです。
こうして、「動く→疲れる→食べる」 という一連の流れに、「吐く」という行為も含まれてくると、その行為をしている自分をひどく恥ずかしいと思うようになります。ここで、新たな「ダメな私」の要素が生まれるのです。

 

ダメな私(恥じている) → 隠す為に頑張る → 疲れる → 食べる → 動けるようになる。

 

ダメな私(恥じている) → 隠す為に頑張る → 疲れる → 食べる → 吐く → 動けるけど、ものすごく惨めで恥ずかしさを感じる(より自分がダメな人間のように感じるようになる)

 

落ち込むと、どうなるのか?

また食べるんです。そして吐いて、また食べて、吐いて、どんどんどんどん、良い気持ちでいられる時間が少なくなっていくんです。自己嫌悪とそれから逃れるための食べる行為との間でどんどん自分が擦り減っていきます。

 

こうなると、もはや入口がどこだったのか、どうしてこうなったのか、よく分からなくなります。
そもそも自分がダメな人間だと思ったことが始まりだったはずなのに、過食嘔吐をしているから私はダメな人間なように思えるような気がします。

 

そうして、どうしたらいいのか分からなくなってしまいます。どうやったらこの無限ループから抜け出せるの?抜け出せる気がしないと、どんどん追い込まれていきます。

そしてこれが何年も続いていきます。この苦しみを感じたくなくてまた食べてしまうから。

 

次回に続きます。

 

よい日曜日を❤

吉田あき


過食嘔吐と「私はダメだ」その1

過食嘔吐が止められない。やめたいのに止められない。
そんな方が教えてくれました。どうしてやめられないかの理由を。

その理由を聞いたら、それはやめられないよ、だってこんなに食べることが救ってくれているんだもの、と思いました。
彼女が言った、「私は本当は大したことない人間だから」ということばがとてもひっかかって。
この状況を図式化したい欲求が出てきたので、やってみました。

 

私もね、過食嘔吐していた時期があるので、やっと今さらながら振り返りの図式化です。
あの頃はどうして自分がこうなのか、どうしたらいいのか、何が正解なのか誰にも聞けなくて辛かったなぁと思ったので描いてみることにしました。

 

字が小さくて読みにくいでしょうか?ちょっと追加解説します。

 

過食嘔吐が止められないけど止めたいと思っているその方が、その止められない理由を

  • 食べることはよろこびをくれる。幸せをくれる。
  • 食べて吐く、この行為は何度もやっているのでやり方を知っている。馴染んでいる。
  • でも、仕事をするとか、何かを達成するやり方はよく分からないので不安を感じる。本当は私は大したことない人間なのにそれを隠しているからすごく疲れる。食べることはそれを忘れさせてくれる。

と教えてくれたのです。

 

で、上の流れがあるなと図解して見た訳です。

私はダメだと思っている → それを隠す為に一生懸命に完璧を演じる → だからすごく疲れる

 

でも、完璧を演じていると誉められることが多い → やめられない「完璧な私以外必要とされない」と思うようになる。

 

→ より頑張るようになる → 疲れて動けなくなる でも動けないと完璧でいられない! → 私を動かしてくれるものが必要!それが食べること!

 

こういう風に最初は、過食が始まったのではないかなという図解でした。

私の体験では、この前に拒食があり、多くの方の場合もおそらく拒食から始まっているのではないかと思うのですが、今回はそこは割愛しています。

 

明日に続きます。