Open Your Mind, Open Your Heart

吉田あきのブログ

何を話せばいいのか分からない

小さい頃から私が体験してきたことで、とても恐怖と恥を感じてきたことのひとつに、

「何を話せばいいのか分からないこと」

があります。

 

 

重要な会議のプレゼンの場や面接の場面といった誰もが緊張しそうな大きな場面だけでなく、

嫌なことがあって悲しくなったり、落ち込んだりしている友達や家族に対してや、

自分以外の人はすでに知り合い同士のグループに新しく入って行くときなど、

多くの場面で、「何を話したらいいのか分からない」という不安を体験してきました。

 

 

これ、私だけが体験していることなのかな、と思っていたのですが、今日のクライアントさんもこの思考を信じていました。

もしかすると実は多くの人が、いやほとんどの人が持っている思考なのかもしれませんね。

今日はそのワークから学んだことをシェアしようと思います。(掲載の許可を頂いています。)

 

 

私は化け物だ

頭の中の声「どうしよう、なんて言って慰めたらいいのか分からない。」

彼女は、友人が恋人と別れて落ち込んでいるという話を聞いているときに、とんでもなく嫌な気持ちになったそうなのです。

それが何故かはわかりません。ただ、もうその話を聞いているのが苦痛で、頭の中で「家に帰ったら洗濯しなければ。」などと他のことを考え始めていたそうです。

何故こんなに嫌な気持ちになったのか分からないけれど、とにかくすごく嫌な気持ちになった為、彼女はこのことを深く見ていきたいと思い、ワークをすることにしました。まずはこのことについてどんな思いがあるのか、ジャッジメント・ワークシートを書くことから始めました。

 

彼女の書いた「私はこの状況に対して気持ち悪く感じている。何故ならこれは悪夢のような状況だから。」というワークシートの1番を受けて、「この状況は悪夢だ」という思考を問いかけていきました。

 

そうして問いかけをしていくと、彼女は友人が落ち込んでいる状況で何も言うことが思い浮かばないし、彼女にも共感できない為一緒に泣くことも出来ない自分をとても気持ち悪く、モンスターのように感じていたことが分かりました。

「他の人はこういうときどういう言葉をかけてあげるべきなのか分かっているのに、私には分からない。私はきっと人の気持ちなんて分からない化け物みたいな人間なのだ。だから私は誰とも仲良くなれないのだ。だから私は今でも一人なんだ。」

質問3番の中で、何か言わなければいけないのに言えない自分のことを彼女はとても恥じていました。

 

 

「この状況は悪夢だ」という文章の下には、彼女自身も最初に気づいていなかった「私は何か言わなければいけない。」という本当のストレスの原因が隠れていました。

 

 

私は何か言わなければいけない

そこで、その思考を問いかけていくことにしました。

私:友人が落ち込んでいるとき、『私は何か言わなければいけない』それは本当?

その質問に対して彼女は「はい。」と言います。

絶対にそうだと言います。

 

私:その考えを信じているとどうなるの?

彼女:苦しい。何も言えない自分が惨めで情けなくて大嫌い。恥ずかしいし嫌な気持ちになる。

何か言おうと考えると、相手のことなんてどうでも良くなる、とにかく自分のために何か言って体裁を整えなければいけない気がする。相手の話なんてちっとも聞いていない。頭は90%自分のことばかり考えている。「なんとかしなくちゃ!」と。

 

私:その考えを信じているその自分の中に、小さな頃のあなたはいる?

彼女:そこにいる小さな頃の私は、お母さんに連れられて知らないおばさんの家に行って、挨拶をしてそれからひとりで遊んでいる。

もしも伝えたいことがあればことばじゃなくて、絵で伝えている。そして伝えたいことがあるときは、事前に準備して絵をもっておばあちゃんとかに「大好き」な気持ちを伝えている。

 

私:あなたはコミュニケーションをとるときは、言葉より絵の方が得意。そしてゆっくり準備する時間が必要。ゆっくり考える時間があればちゃんとコミュニケーションが取れる人なんですね。

 

彼女:はい!そうです!

 

この気付きで彼女はガラッと変わりました。急に自信を得ました。思い出したのです、自分には言いたいことがあるときはちゃんと伝えられるし、伝えたいことが分かる力があることを。

 

私:では、この子に聞いてみて友人が困っているとき、あなたは何か言わなければいけない、それは本当?

 

彼女:いいえ。この子には時間が必要で、とっさには言えなかったから。

 

私:ではその考えがなければ、あなたはどうなる?

 

彼女:この何も言えないで困っている自分に優しくなります。そして相手に、もう一度話を聞かせてほしいとお願いします。

さっきは、何か言わなければとばかり考えていてあなたの話をよく聞けなかったし、私はよく理解するために時間をとる必要があるからもう一度話を聞かせて、とお願いします。

共感できない無駄話をしている人の話を聞いているときは、すべてに答えなくていいのだと分かって安心します。

答えたいことだけに答えればいい。自分で選んで自分の中のことばだけを言えばいいのだと分かりました。

 

私:その考えを置き換えてみて

彼女:私は私に対して何か言ってほしい。

はい。ゆっくり時間かけていいんだよ、あなたはちゃんとコミュニケーションが取れるからね。と私に言ってほしいです。

 

私:その他の置き換えは?

彼女:私は何も言わなくていい。

体裁をとるために何か言う必要はない。自分の中からこれを話したいという思いがないときは何も言わなくていい。私は何も言わなくていいと思うと相手の話を聞くことに意識を向けられるから。

 

 

私:それでは最初の文章『この状況は悪夢だ』を置き換えてみると?

彼女:この状況は悪夢じゃない。はい。友達と心でつながれる機会が与えられている。私らしく答えればいいのだという機会です。今までは何も気のきいたことを言えないせいで私は人とつながれていないと思っていたけど、何も言わなくていい、ただ相手の話を聞くだけでよくなったらこの状況は彼女にとっても素晴らしいものになるだろうし、わたしにとっても素晴らしいです!

 

 

私は何を話せばいいのか分かっている

彼女のワークをファシリテートさせてもらえて私は、私自身の中の「何か言わなければいけないのに何を話せばいいのか分からない」という思考がほぐれていくのが分かりました。

 

私の中で、「自分の体裁のために何か話そうとするくらいなら、何も言わずに相手の話を十分に理解する方がお互いの為になること」、「じっくりと時間をかけて自分の言いたいことが何なのか待つことが出来れば、話したいことをきちんと私が分かっていること」、「何か話さなければ!というプレッシャーがなければもっと相手の話を聞くことが出来てその方がずっと私も相手もうれしいこと」がじんわりと浸透していきました。

 

 

私は何を話せばいいのか分からない。

 

 

いいえ。それは嘘でした。

 

 

 

今日は、あるクライアントさんのワークを文章で紹介させていただきました。

 

このように、彼女のようにオープンにワークに向き合うと、自分がどうしてストレスを感じていたのか分からないことの原因が分かり、かつ自分を知ることにより、今後がずっと生きやすくなります。

 

 

ワークを始めてみませんか?

ワークを始めるには、まずはワークショップにいらして実際にワークを体験してみることをお勧めします。

その後は、ご自分でもワークを問いかけられるようになりますので、自分で本だけで始めるよりずっとその方がお勧めです。

 

3/10(土)、3/11(日) もしくは5/4(金)、5/5(土)に東京でワークショップを行います。

少人数でじっくりワークを体験できるワークショップです。

あなた自身を知ることで、生きるのがずっと楽になる、そんな体験をしてみませんか?

 

あなた自身の魅力を100パーセント活かして生きられるようにワークを是非ご活用ください❤

お待ちしています。

ワークショップ東京

 

よい週末を!

吉田あき

諦めずに挑戦してきた夢なんてない

平昌オリンピックが閉会し、メダリストたちの特集がたくさんテレビで放映されました。

その中で、ほとんどのメダリストの方が言っていたのが、「金メダルは小さい頃からの夢でした。その夢を諦めずに挑戦し続けてきました。」というようなことばでした。

 

すごいな、いいな。

それを聞いて、残念ながらそのような強い夢を持たずに大人になった私は、正直彼らが羨ましく嫉妬の思いを感じました。

やりたいことが明確でそれに向かってただひたすらに力を注いでくることができたことがとても羨ましく思え、自分がとても小さく感じられました。

また、私も彼らみたいになりたいのに、なれなかったと悔しく感じていることに気づきました。

 

 

こういうほんの些細なことであっても感情の揺れを感じるとき、私はワークをしようと思います。

別に大した感情の揺れではありません。誰もがオリンピックで活躍する選手を羨ましく思うことくらい人生に一度位はあるでしょう。

些細なことです。でも、ほんの些細なことであっても私はなんらかのストレスを感じています。

こんな小さなストレスでも塵もつもれば山となり、私の人生を圧迫します。

なので、私はみつけたものからひとつひとつ問いかけていくようにしています。

人生が「はい。次はこの思考を問いかける番だよ。」と見せてくれているような気がするからです。

 

 

それでは、私がこういうとき、どう問いかけていくかを今日は皆さんにシェアしてみようと思います。

 

 

 

まずは、オリンピック選手のことばを聞いたとき、自分の中にどんな気持ちを感じているかを感じてみます。

私の場合は、羨望、そして自分への失望の思いでした。

 

 

そして、その気持ちにぴったりくる「どうしてそう感じるのか」の思いたちを自分に聞いてみます。

慣れないとなかなか難しいかもしれませんが、難しく考えるよりも自分の中から湧き上がってくる誰かに言いたくなる気持ちにただ耳を傾けてあげる感じです。

誰かが自分の気持ちを批判なく聞いてくれているとき、自分の頭の中の思いを全部さらけ出したとき、口にしてみたら意外と自分の気持ちとぴったり来ないときありませんか?

「私、怒ってるんだよね!」と始めたはずなのに、聞いてもらっているうちに、「あ、怒ってたんじゃないんだ!私、羨ましかったんだ!」と気づいていく感じ。

 

そんな風に自由に自分の思いを自分に話してみます。

「羨ましく思うのはね、私もそうなりたいからなんだよね。私だって夢中になれる夢があれば、ひとつの結果を出せたんじゃないかと思うと悔しくてさ。人生を無駄にしてしまった気がする。なんだかんだ言って、優れている人とそうでない人間っているよね。私はそうでない方の人間でさ。そう思うと人生って不公平だよね。あーあ、もう遅いのかな。私はもう彼らみたいにはなれないのかな。」そんな風に人に思いっきり自分の気持ちを制限なく話せる感じで話していくと、たくさんの思考がそこにあることに気づきませんか?

 

 

 

さっきの中にこれだけの思いが隠れていました。

 

  • 私には夢中になれる夢がなかった。
  • 私は結果を出せていない。
  • 私は人生を無駄にしてしまった。
  • 彼らは私より優れている。
  • 人生は不公平だ。
  • 私にはもう遅すぎる。(私には時間がない。)
  • 私は彼らのようにはなれない。

 

 

このようにでてきた思いを短い文章に分けて箇条書きにしてみます。

これらひとつひとつは、私の世界を作り上げている思考たちです。

私は自分のことを、「夢中になれる夢がなく」「何も成し遂げられず」「人生を無駄にしてしまった」「人より劣った」「もう取り返しのつかない」「何も結果を残せなかった」「不公平な人生の犠牲者」だと見ているのです。

 

大したことないストレスだと思っていた何気ない羨ましさの中には、こんな風にたくさん自分を定義する思いが隠れていたのです。

そんな風に自分を見ていたら、人生を生きることにたくさんの制限がかかりますよね。

 

 

誰かに褒められても、「いや、私なんて何も成し遂げてないし!」「もう年だし!」「人生って大変だし。」と相手のことばを一生懸命打ち消さないではいられませんよね。

だって、自分の思う「自分」と褒めてもらえた自分があまりにもかけ離れているから。

 

そして、何かを始めようかなと思っても「もう年だし」「人生は不公平だし」「これまでも何も達成できていないし」「どうせ私にはできないから」やらないでおこう、となってしまいます。

まだ始めてもいないのに、たくさんの無意識の思考たちのせいで、やる気が80パーセントくらい削がれてしまいます。

のこり20パーセントでようやく、なんとか身体を動かしてみても、ちょっと失敗したら「ほらねー、やっぱり私じゃダメなんだよ。」と諦めてしまうでしょう。

 

 

 

私たちの問題は、こんな風にたくさんの思いが隠れていることに気づかずに、じんわりと毎日よくわからない思考に人生を制限されて生きていることではないかなと思います。

でも、自分の思考がどんなものなのか、表面化させてあげると、早速ちょっとユーモラスに感じられますよね。

「そんなに自分のことを何も成し遂げていない犠牲者だと思ってたの私?それは生きるの大変そうだね!!」って。

 

 

 

 

皆さんも、ここまでのプロセス、ご自分がなんだかちょっと嫌だなぁ、と思った出来事で試してみてくださいね。

私は早速、これらの思考を問いかけたら自分のエネルギーを100パーセントに近く使えるようになるのだと思ってワクワクしています。

 

 

次の記事では、その思考を、いよいよ問いかけていきましょう!

 


 

 

ワークショップでは、更に強めにストレスに感じていることをワークしていきます。

そうです、誰かを批判するときの思考を見ていきます。

父親のちょっとした一言にカチンときたとき、親友の何気ない一言にすごく傷ついたとき、上司や先生の態度や言葉に怒りが込み上げてきたとき、我を忘れて友達に愚痴りまくったり、もしくは食べ物に走ったり、一日中そのことを考えてばかりいたりしませんか?

 

そこに隠れている自分を定義する思い、相手を定義する思い、人生を定義する思いは、自分にストレスを与え、自分の使えるエネルギーを制限していませんか?

あなたは本当はオリンピックメダリストたちのように、あなたの世界でゴールドメダルを取れるエネルギーがあるのに、無意識の思考を正しいと信じるあまり、あなたの人生を100パーセント生きられていないかもしれません。

 

もしもアスリートなら本来練習に使えるエネルギーをほかのことに使ってしまっているのです。

 

ご自分の人生をストレスを生む思考に捕らわれて、無駄に疲れて生きていませんか?

私はそうでした。

 

ワークに出会って私の世界は広がり始め、使えるエネルギーがぐんと増えました。

ずっと動き出せないでいた私が動けるようになりました。

 

 

自分の隠れた思考をみつけ、問いかけることで、あなたのエネルギーがどんどんあなたのやりたいことの為に使えるようになることを私は応援したいと思っています。

 

そんな私の体験も話しながら共にバイロン・ケイティのワークの問いかけの仕方を学んでいきましょう。

3/10(土)、3/11(日)ワークショップでお待ちしています。

 

ワークショップ東京

 

明日も良い日を!

バイロン・ケイティのワーク公認ファシリテーター

吉田あき

心にやましさがないと人は強くなる

平昌オリンピックでフィギュアスケート男子フリーで羽生結弦選手が金に輝きましたね。おめでとうございます!

(このブログを書いていたのは金に輝いた当日でした。)

羽生選手を見ていていつも思うのは、心の整った人だなということです。

彼には、フィギュアスケートをすることの邪魔になる一切の不純なものがないように思えます。

 

 

どうしてそう思うのかというと、スケートをする前に氷に触り感謝するとか、リンクに入る前後に必ずお辞儀をする、関わる人への感謝を忘れない、他の選手へ惜しみないねぎらいや拍手を送るなど、羽生選手の言動を見ていると、こういうことをすると後で自分のことが嫌いになるかもしれないなという態度をまるでとっていないからです。

 

後で振り返って自分で自分のことを嫌になることくらい、自分のエネルギーを無駄に使うことはありません。

 

 

人は、自分がエネルギーを注ぎたいものに100パーセントに近くエネルギーを注げれば注げるほど、幸せなのかなと思います。

 

最近、私自身そのことを大きく実感する体験をしました。

 

私には、ずっと気にかかっていたけれど、そのことを考えると罪悪感や羞恥心を感じるのが辛くて逃げ回ってきた課題が一つありました。そのことを考えるだけでいや~な気分になるので、見たくない、感じたくない、でもずっとそれは私の中にあるのでうまく隠したようでもなんだかいつも気にかかっている。。。

 

けれど、最近急にそれに向き合うきっかけがやってきました!

最初の反応は「逃げた~い。」です。

「絶対に嫌~。蓋を開けたらものすごい悪いものが隠れていそうなんだもの。今さらそんな何が隠れているか分からない箱の蓋は開けたくないよ~。」

 

しかし、私の中の何かが、「でもこれと向き合わなければ先に進めないよ。」と言います。

 

そして嫌々ながら向き合おうとすると身体が拒否反応を表しました。肩がパンパンに張って、ひどい頭痛が起き、眠りたいのに眠れない。

それに伴い、思考の声も出てきます。

「どうするの~?そんなことで大丈夫なの~?やっぱりあなたダメなんじゃないの?」

そういって、マインドはたくさんの未来のイメージを私に見せて私を不安にさせます。

「向き合わない方がいいよ~。嫌なこと起きるもん~。ほらほらこんな未来も、あんな未来も起こるかもよ~。いいの~?大丈夫なの~?やっぱり向かい合わない方がいいんじゃない~?そもそもなんでこんなになるまで放っておいたの~?」

ああ今度は過去のイメージを見せて、「放っておいた私が悪いのだからもう取り返しがつかない」といって私を追い詰めます。

 

「もう嫌だ~!やっぱり向かい合いたくない~!辛すぎる~!!」

 

心臓はバクバク言って胸を苦しくさせ、身体中は緊張で硬くなり私はもう生きる屍のようです。

 

 

そんな時に、私を救ってくれたのはやはりワークでした。

その日は全く別のテーマでワークをしていたのですが、やはりそのことが気にかかっているのでワークをしていてもちょこちょこそれが出てきます。

 

その日私が向き合っていた思考は、「姉は私に復讐をするべきではない。」というものでした。

それはどういう意味なのかというと、「過去に私が彼女にしたことをいつまでも根に持って忘れずにいて、全く関係ないときにそのことを持ち出して来て私を責めるべきではない。」という意味でした。

それを私自身に置き換えたとき、「あぁ!」という例がみつかりました。

 

「私は私自身に復讐をするべきでない。」

いつまでも過去に自分がしたことを根に持って忘れずにいて、全く関係ないときにそれを持ち出して私を責めるべきでない。正にそうです!これは姉がしていたのではなくて、自分が自分にしていたことでした!

私が姉に対して意地悪なことばや態度をとったとき、姉に対して感謝の気持ちを表さなかったとき、姉に反抗的な態度をとったとき、私は「だって姉が悪いんだもん!」と正当化していましたが、本当は自分のしたことが罪悪感として残っていたのです。

だから姉が私に冷たい態度をとっているように感じると、「あ、また過去のことをほじくり返して私を責めているんだな!」と思ったのです。

 

人はやましい思いがあればあるほど、過剰に責められていると反応し、自分の責任を否定し(自分は悪くないと頑なになり)、攻撃的になります。

だからこそ、後から考えたら自分のことを嫌いになる態度をますますとり続けることになります。

 

 

これは自分自身への復讐でなくて何でしょうか?

自分の罪を認めないようにして守りに入れば入るほど、相手を攻撃するようになり、より自分のことが嫌いになる。

全く誰の得にもならないことを私はずっとしてきていたのでした!

 

 

私のリビングターンアラウンド(生きる置き換え)は「私は私に復讐をするべきではない」となりました。

それはイコール

  • 過去の自分が罪悪感を感じていることと向き合う。
  • それに対して責任が伴うのであれば、きちんとその責任をとる。(ペナルティがあればペナルティを払う。)

という意味でした。

 

「仕方なかったよね、なかったことにしようね。」ではなく、きちんと自分のした罪を認めて、そして向き合うことが必要だと感じました。

 

 

 

そして、この問いかけ後、ずっと逃げ続けてきた罪悪感を感じることと私はきちんと向き合うことを決意しました。

もしもそのことに責任が伴うのであれば、きちんとそれとも向き合い、その責任もきちんと負うことを決意しました。

 

そして逃げ続けていたことに向き合って、プロの方に相談しました。

すると、拍子抜けするほど私はまったく心配することがなかったことが明らかになりました。

そこまで自分を追い込んで罪悪感や恥を感じるようなことは何もなかったのです。

 

 

安心しました。

心がほわっとほどけました。

ずっと心配して泣いていた私の中の子が、「こわかったよー。」と安心して泣きました。

 

 

 

でもこれも、私のやましさを認め、それにまつわる責任をとる覚悟を決めて向き合うことがなければ出会うことの出来なかった解放感でした。

 

 

 

道教の中にこのような一節があります。(元の英文はケイティの旦那さんであるスティーブン・ミッチェルが英訳したものです。)

 

完全になりたいのであれば、

不完全になりなさい。

まっすぐになりたければ、

奇形な自分を受け入れなさい。

満たされたければ、

空っぽになりなさい。

生まれ変わりたければ、

死んでみなさい。

すべてを与えられたければ、

すべてを諦めなさい。

(日本語訳は私の意訳です。汗)

 

If you want to become whole,

let yourself be partial.

If you want to become straight,

let yourself be crooked.

If you want to become full,

let yourself be empty.

If you want to be reborn,

let yourself die.

If you want to be given everything,

give everything up.

Tao Te Ching:  A New English Version by Stephen Mitchell 

 

 

手に入れたいのなら、一度全部失ってみる覚悟を決める。

自分を誇りに思いたいのなら、一度過去のすべての恥と向き合って決着をつけてみる。

 

こうやって自分の中に、自分を嫌いだ、恥ずかしいと思う要因がひとつもなくなったのなら、私たちはどんなに毎日を軽く生きられるのだろうか?そうこの体験から学びました。

 

 

恥だけではなく、諸々の不安に割いているエネルギーも自分をフルに100%生きることから自分を妨げていますね。

そういうものに余分なエネルギーを費やすとやりたいことに100%力を費やすことが出来なくなる。

 

アスリートの方は、そういうところが結果にすぐに表れるから、身体だけではなく、心も整えて生きているのではないかと思います。

 

 

これは、ビジネス世界に生きる方も、夢を追いかけている方も、幸せな家庭生活を目指している方も、誰にでも言えることです。

 

小さなこともトゲの様にのこっているものです。やりたいと思いながら先延ばしにしていたこと、やらなければと思いながら見ないできたこと、いつかいつかと思いながら「でもどうせ自分には出来ないし」と諦めてきたこと、「なんだかちょっと違うんだよな」と思いながら変えることの出来ないできたこと、そんなこともあなたのエネルギーを実は日々疲弊させています。

 

考えていないようで、ずっと心の片隅でチクッとあなたのことを刺し、その度に自分のことが嫌になってしまう。
このことが自分の人生にかけている負荷を私は今回、まざまざと実感しました。

この重石がなくなった私はとても軽く自由です!

 

でも、そうは言っても恐いですよね。自分の中の恥や罪悪感と向き合うのは。

 

 

お付き合いします。一緒に向き合いましょう。大丈夫です。

生まれ変わる為には一度死ななければならないけれど、その先には必ず安心が待っていますから。

そして私は決して無理強いしません。

あなたのペースでお付き合いします。

 

バイロン・ケイティのワークを使い、そしてこれまでの吉田あきの学んできたツールを駆使して行う個人セッションです。

様々なことご相談ください。一緒に心の開放を体験しましょう!

セッションメニュー・料金

 

2018年3月10日(土)11日(日)

バイロン・ケイティのワークの問いかけを初めて行う方、これから深めていきたい方、更に深めていきたい方、すべての方に向けたワークショップを行います。

少人数で、吉田あきのサポートを受けながらじっくりワークを深めていけるワークショップです。

お待ちしています。

ワークショップ東京

 

2018年2月28日(水)20:00-21:30

バイロン・ケイティの英語のファシリテーションを日本語に訳しながら皆で鑑賞し、かつワークを行うイベントを行います。

ケイティの生のことばにふれたいけれど英語がネックでなかなか聴けない方、是非ご参加ください。

ワークについての質問も是非どうぞ!

バイロン・ケイティの言葉を聴く会

 

罪悪感が人生を生きづらくする

罪悪感があると、生きるのが辛いです。

それがどんなに小さい罪悪感でも。

 

罪悪感は何かというと、自分の本質とずれた言動をとったときに生まれるものではないかと思います。

罪悪感からは逃れることができません。

唯一出来るのは、逃げずに向かい合うことだけです。

責めるということとは違います。

 

「自分はこれこれこういうことをした。」そのせいでこんなに胸が痛い。

そのことをきちんと受け入れること。

 

 

これをせずにきたので、何かの機会で自分の人間性を疑われるような刺激を受けると、私たちは反応しまくります。

 

 

罪悪感からは逃げずに向き合う。

このことを2018年の私のテーマとしようと思います。

 

このことについてはもっと色々語りたいけど、同時にそれぞれが問いかけの中で答えをみつけてほしい重要なテーマです。

しばらく寝かせてみてシェアしたくなったらまたご紹介しますね。

 


今後のイベント情報

 

バイロン・ケイティのワークを学ぶ2日間 2018年3月10日(土)11日(日)

バイロン・ケイティのワークを学ぶ2日間を3月に開催します。

人生を変える問いかけをあなたも始めてみませんか?

詳細は以下のページをご覧ください↓

ワークショップ東京


 

バイロン・ケイティのことばを聴く会 オンライン 2018年2月14日(水)20:00~21:30

バイロン・ケイティのファシリテーションを吉田あきの訳と共に聴きませんか?

2月は愛がテーマです。詳細は以下のページをご覧ください↓

バイロン・ケイティの言葉を聴く会

 

みなさんにお会いできることを楽しみにしています!

吉田あき

「じっと待つ」という生き方

こんばんは。

昨日位から私はずっと怒りのエネルギーを感じています。
正直、ムカついています。

 

すごく腹が立って、すごく腹が立って仕方がありません。
でも、腹が立ってやり場のない怒りを持て余す、という感じではありません。
すごく清々しい感じなのです。
腹が立つ感じをひとつひとつOK!と言いながら受け入れている感じなのでしょうか。
大人の面倒くさい怒りではなく、ピュアな怒りだからなのか、なんなら少し可愛い感じです。

 

この怒り、昨日のブログにも書きましたが、ずっと土の下に埋めて自分の中にはないことにしていました。
でもずっと存在した、私の「攻撃性」です。

 

待つ。待つ。待つ。 待つ。待つ。待つ。

これは、ある状況を問いかけていたところから出てきました。
ある日私は最近起きた出来事に対して、胸の奥の方がえぐれて空洞が出来て咳込むほど身体が反応していました。

それに関してジャッジメント・ワークシートをたくさん書いてみたのですが、どれもなんだかしっくりこない。
そこで、ワークのヘルプラインに電話してみることにしました。

(ヘルプラインについては、後半で書きますね。)

 

すごく素敵なファシリテーターさんにファシリテートしてもらい、ゆっくりと身体の声を聴いていきました。
すると、その問いかけの中で、「良い子にしていたら気付いてもらえる。いつか分かってもらえる。私に出来るのはただ待つだけ。」という私が出てきました。

 

その子は、一生懸命人に合わせて、怒らないように、いつも平和をもたらすことが出来るように、自分の感情をコントロールして、その場の空気を整えようとして、そうやっていつか「そこにいて、ずっと平和をもたらしてくれたのは君だったんだね。ありがとう!」と気付いてもらえるのを待っていました。

 

でもそうやっているうちに、自分がしたいことはもやもや~っと分からなくなり、
人に怒られないように、人を怒らせないように注意を払うばかりとなり、
人生ものすごく生きにくくなってしまっていました。

 

それが問いかけの中で出てきて、待つことは、誰のためにも、自分のためにも、世界のためにもなっていなかったことが分かり、なんだ待たなくてよかったんだとその子がプンプン怒ってます。
良い感じに怒っているので、怒らせておいてあげようと思います。笑
ずっとたまっていた怒りだからね。うんうん。感じようね、って感じです。

 

あとね、問いかけで出てきたリビングターンアラウンド(生きる、実践する置き換え)に、

「彼女は私のことが好き」という文章が出てきました。

 

小さい頃って、友達と喧嘩した時に、「もうあきちゃん嫌い!」って口をきいてくれなくなっても、どこかで「○○ちゃんは私のことが好き」って分かっていたなということをその置き換えの例を探しているときに、みつけました。

 

大人になったら、ものごとはもっと複雑になり、一度嫌われたら二度と取り返しがつかなくなったように思っていましたが、大人も見た目が大人なだけの子どもだから。それを思ったら、大人だって一緒だな、と思いました。

 

その人は私のことちゃんと好きだな、って分かったから。
「あきちゃん大嫌い!」って怒っているお友達を、自由に怒らせておいても大丈夫だし、「まぁまぁいつまでも怒ってないでさ、ちょっと出てきて遊ぼうよ。」と気軽に声をかけられそうだなと思ったワークでした。

 

 

あと、これはどこかで関係あると思うのですが、紅白で平井堅さんと一緒に出演されていたダンサーの大前光市さんのことをとりあげた番組を観ました。

なんだかムカつきました。憧れとか、すごいな、とか、なんて不幸な、とかではないのです。

なんだかすごく腹が立ったのです。

もちろん大前さんにではありません。

それが何なのか、まだ分かりません。でもなんだかこのムカつきも楽しいのです!

そこにどんな私の気持ちがあって、なにが解放されたがっているのか、また私に出逢えると思うとワクワクします!

ちなみに大前さんは本当にすごい方だと思います。ご覧になれなかった方はこちらをご覧ください。

NHKオンデマンドで観れるようです。

https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/46/2586013/index.html

 

 

 

3月10日11日にワークショップを行います。

まだ情報をアップ出来ていませんが、場所は押さえています。

ご興味ある方はご連絡ください。

aki@openyourmind-openyourheart.comまで。

 


ザ・ワークヘルプラインについて

バイロン・ケイティのワークの公認ファシリテーター及び、何年ものワークの問いかけを続けてきてヘルプラインでみなさんの探求のお手伝いをできると認定されたファシリテーターたちが無料で提供する問いかけのサポートサービスです。

http://www.instituteforthework.com/itw/content/helpline

ヘルプラインを受けるためには、既定のいくつかのお約束事を理解し、同意する必要があります。
(現在日本語のページは残念ながらないのですが、今後翻訳される方向で話が進んでいます。)

同意すると、今ファシリテート可能な人のスケジュールが出来ます。
そこに載っているスカイプや電話番号、メールアドレスに連絡をしてファシリテートしてもらうことが可能か確認を取ります。

日本語のできるファシリテーターがいついるかはお約束出来ないのですが、見てみてください。
私もたまに活用します♪
ドイツ語しかできないファシリテーターに、4つの質問と置き換えの部分だけ英語で問いかけてもらって探求したこともあります。

「私は英語が出来ないからヘルプラインが使えない」それは本当でしょうか?

 

 

 

それではよい夜を!今日は太陽が雪に反射してきれいな一日でしたね。

吉田あき

本当はすごく怒っている

本当はすごく怒っている

感じないように気付かないように丁寧に土の下に埋めてきたけど

本当はすごく怒っている

 

自分の純真さを笑った人に

自分の愛を軽く扱った人に

自分を捨てていった人に

 

自分を変だと笑った人に

自分を怖がった人に

自分を力で抑えつけた人に

 

自分を檻の中に閉じ込めておいて

鍵は開けていった人に

 

自分がそこにいるのは

そこにいるしか選択肢がないからだと

思わせた人に

 

自分より才能があってキラキラと輝く人に

不用意なことばでザクッと人を切り捨てておいて

「私を捨てないで」と甘えてくる人に

 

本当は怒っている

 

そのことから逃げることが心のヘイアンなんかじゃない

きれいなことばなんかいらない

 

ただ抱きしめて

その怒りを押し殺して泣いている自分を

 

 

aki

自分の中の次元格差

次元格差ということばが適切なのかどうかは分かりませんが、最近感じていたことをことばにしてみようと思います。

 

私は小さい頃から傷つきやすく、すぐに母親のやさしさやなぐさめがほしい子供でした。

(でも、そうじゃない子供っているのかな?)

そうやって泣いて母のところに行くと、3人も子供がいて時間に追われている母にはゆっくり私の気持ちを受け止めてくれる余裕はなく、最初は慰めてくれてもしばらく経つと「しつこい。早く泣きやみなさい。」とむしろ怒った口調で言われました。

姉たちにも、「なにかあるとすぐ泣くんだから。泣けば良いと思ってるんだよね~。」なんて言われて、私は愛を求めて泣くことは自分の弱さでいけないことなんだと信じるようになったようです。

 

そういう過去の信じ込みがあったからか、私はずっと、弱い自分を恥ずかしいと思っていました。

私が心理学を勉強し、カウンセリングやセラピーを学び自分に活用してきたのは、いつかそんな傷つきやすい自分が消えていなくなることを目指していたからです。

 

「苦しむ私が消えること」が私の目指すところでした。

 

その為には、苦しみの原因となっている自分の思考を片っ端から消していかなければいけないと思っていました。

 

 

そして今は

ワークを続けてきた今は、「苦しむ私がいたっていいじゃないか。」と思うようになりました。
だから、苦しみの原因となる思考も別に消そうとしなくても良いと思うようになりました。
自分の思考をものすごく優しく迎え入れることが出来るようになりました。

 

ちょっと脇道にそれますが、思考はそもそも勝手にやってきます。

カフェでふと流れてきた音楽を聴いて悲しくなる。

とか、

結婚式の二次会でビンゴゲームでどんどん人が賞品をもらっているけど自分のビンゴ表がちっとも穴が開いていかないのを見て、なぜだかとても悲しく惨めになる。

とか、

理由は分からないけれど悲しい感情を感じるとき、その悲しみの原因となっている思考を私たちは知りもしないことがあります。

ということは、思考を私たちが選んでわざわざ持ってきている訳ではないのです。

だからそれを信じて苦しむ私がいても、苦しむ私を責める必要もないし、思考を持っていることで私を責める必要もない。

 

 

思考は問いかける。でもそれは苦しみを消すためじゃない。

理解するため。話を聴くため。誤解を解くため。

そうすると、思考は勝手に解けていく。だってもう存在する必要がなくなったから。

 

これが、分かってとても楽になりました。

 

 

安心感

今はその「分かった」感は常に私の中にあり、私の苦しみや思考が起きても大丈夫な感じが強くなっています。
かつては、「苦しんでいる私」の意識の方が強かったのが、「分かった私」の意識の方が強くなってきているのを感じています。

 

しかし、だからといって現れてくる思考を信じ、反応し、苦しむ私がいなくなった訳ではありません。それは日々現れて、私に「あなたはこんなことを信じていますよー。」と教えてくれます。

 

でも、これは現れると「大丈夫~。」という感覚とあまりに違う強い刺激なので、結構驚きます。
大地震が起きたかのように感情的に持っていかれて、急に「大丈夫感」は全部なくなってしまったかのような感覚に襲われます。

 

すると、とっても怖いんですよね。やっぱり自分は「苦しむ方」だったのではないか?「大丈夫な方」はまやかしだったのではないか?と思うようになります。

 

そして、一生懸命あの「大丈夫な感じ」を取り戻そうとしてもがきます。
でもね、やっぱりあの「大丈夫な感じ」はその下にいつもずっとあるんです。たまに見えなくなるだけで。
どちらか一方のみが私ではなくて、どちらも私なんです。両方いて良いんです。

 

この自分の中にある次元の格差をどうことばで表したらいいのかなと思っていたら、ジェフ・フォスターがこんな記事をアップしていました。

 


マインドという鳥たち

思考は真実ではない。そして究極的なことを言えば思考はあなたのものでさえない。思考は声、音、提案、マインドの意見に過ぎず、常に出たり入ったりしているもの、まるで鳴いている鳥の群れの様、すべての鳥が異なる旋律、異なる意見、異なる提案、異なる見方で歌っているようなもの。君はその鳥たちじゃない。君はその鳥たちが歌うことが出来る広い開かれた空間、鳥たちを支える意識、そして鳥たちの下と間にある静けさだ。

鳥たちを黙らせようとしてはいけない(それは鳥たちをより騒がしくするだけ)、壊そうとしてはいけない(だって彼らは愛されたいと願っているあなたの一部にすぎないから)、でも歌うことを、飛ぶことを許そう、だってそれこそがあなたの力で自由だから。「私は落伍者だ」鳥は歌っていいし、「私は空間の邪魔者だ」鳥も歌っていい。「私は最も美しい鳥だ」鳥も歌っていいし、その間にいる友たちも歌っていい。意識という大きな巣であるあなたは鳥たちの楽園で、意見たちのコーラスによって決して定義されたりしないし、それと闘うこともない。それは偉大なもので、「私」で、定義されることのできないものだ。

~ジェフ・フォスター
訳 吉田あき

BIRDS OF THE MIND

Thoughts are not the truth, and ultimately they are not even yours. They are only voices, sounds, suggestions, opinions of the mind, coming and going all the time, like a flock of birds singing, every bird singing a different tune; a different opinion, suggestion, perspective. You are not the birds; you are the wide open space in which the birds can sing, the awareness that holds the birds, the silence underneath and inbetween.

Do not try to silence the birds (for that makes them sing even louder) or destroy them (for they are only parts of yourself longing for love) but allow them to sing, and fly, for that is your power, and your freedom. The “I am a failure” bird can sing, and the “I am a waste of space” bird can sing, and the “I am the most wonderful bird” bird can sing, and all their inbetween friends can sing, and you are a giant nest of awareness, a bird sanctuary, never defined by the chorus of opinions, nor at war with it, the great I AM, undefinable.

– Jeff Foster


 

必要なことは、自然と与えられるものですね。
これを読んでとてもクリアに自分で感じていたことが分かりました。

今日はそれをシェアしたいな~と思ったのでブログに書きました。

 

それでは寒ーいですが、みなさまよい週末を♪

 

吉田あき

 

過去のない世界に招待します

あなたを過去のない世界に招待します。そここそが唯一まともな場所です。
~バイロン・ケイティ

今しあわせになれますか?

あなたは今しあわせになれますか?-明日ではなく、10分後でもなく?
~バイロン・ケイティ